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利府町郷土資料館 


 利府町は多賀城政庁のすぐ西北側にある。その地形は、東西に延びる穏やかな丘陵地の南側にあり、そして丘陵の北側には続日本紀が伝える「黒川以北十一郡」がある。

 利府町の東北側には名古曽川が流れるが、これは「勿来(なこそ)の関」の名残であり、蝦夷の地への入り口だったと伝えられる。これから考えると「黒川以北十一郡」とは即ち、蝦夷の地を一括として総称したもののように思われる。

 このような地理的位置、地形的特徴から利府町には古代の遺跡が多く、『利府町郷土資料館』には奈良時代頃の遺跡を多く展示している。



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古墳から発掘された勾玉(複製品)



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瓦窯跡操業の様子



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大貝窯跡24号窯跡復元模型


 利府町の発掘される窯跡では、多くの瓦や須恵器を多賀城政庁に供給した。利府町の春日には春日大沢窯跡群があるが、この地域からは赤土が得られ、このような地質的特徴も古代の窯業を盛んにした要因だったと思われる。



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大貝窯跡から発掘された鉄滓



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製鉄炉跡



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中世の製鉄の様子


 中世において、宮城県内で発掘される製鉄炉跡は少なく、利府町にある大貝窯跡は貴重な遺構となる。



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硯沢窯跡から発掘された土器



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この土器には「宮城郡」と刻まれている。



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こちらは宮木と刻まれている。



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 さて蝦夷の地「黒川以北十一郡」のすぐ南側には、宮城郡が置かれた。初見は西暦766年で、現在の仙台市宮城野原区から若林区付近を指したらしい。
 「宮城(みやぎ)」という地名は、その地の民から徴収した穀物を備える朝廷の建物「屯倉(みやき)」が語源とされる。

 つまり、かつての宮城郡は、租穀を納めるなど律令体制の早い時期から朝廷に服属していたわけだが、その北側には、体制になじまぬ「まつろわぬ民」、蝦夷の地「黒川以北十一郡」があった。

 このような古代の挾間に利府町はある。その地の遺跡は言葉少なげだが、かつてそこに住んだ人々の葛藤を今に伝えている。

 利府町郷土資料館、ご一見あれ。



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カテゴリ : 蝦夷の記憶
2013-04-28(Sun) | コメント : 0 | トラックバック : 0

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