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案内の謎(3)「周囲の地形」 


 なぜ特別に案内を「反対側の沢」と呼んだのか、この確証作業を行う前に、まずは案内周辺の地形について、もう少し考察を深めてみたい。
 この周辺の地形については「梅田川を行く 前編(河川編)編者 佐藤昭典 平成9年8月1日発行」が詳しく、そこから引用してみる。

 この付近は小田原丘陵東端に位置し、後期更新世に現在の梅田川と広瀬川が一つの流れをつくり、形成された段丘である。
 その地質は、表面が粘土質に覆われ、その下に礫層があり、井戸水が豊富であった。その恵みを受けたためか、『塩松勝譜』(1822年、仙台藩の儒学者 舟山万年著)では、案内の湯豆腐が名高かったと伝える。
 小田原の玉田横野の名称地、その豊かな地下水は豊富の清水を生み、それら湧水を集めたのが小松島であり、安養寺池であった。




walkingonumedaliver.jpg

 仙台市東部を流れる都市河川、梅田川を工学的・歴史的視点から考察、地域学にとって重要な視点が各所に散ればめられている。仙台市内各所の図書館で借りることができます。



 先に、案内沢の水源が安養寺にある大堤沼(先に紹介した安養寺池とは別の沼)にあると記したが、この付近には人造のため池が多くある。
 大部分は江戸時代以降に造成された農業用のため池と思われるが、背後の流域が限られ、それゆえに雨水を集水するには効率の悪い地形にこのような多くのため池が築かれたのは、その地にあったわき水の利用を期待しての試みであったろう。



emi5.jpg

 案内沢の水源となる「大堤沼」のすぐ南側にある「与兵衛沼」、この沼から流れる沢は、沼からほぼ真南に向かい、梅田川の支流となる藤川に合流する。


Emi3.jpg

 「与兵衛沼」て羽根を休める白鳥、周囲が住宅地に囲まれた一角だが、このような風景も残る。



 さて、この案内沢の丘陵に新興住宅地が無かった頃、さらに昔に遡り、ため池さえ築かれていなかった頃の風景を思い浮かべてみよう。
 そこには山の斜面のところどころから湧き水が流れ、それが細々とした流水を作り、そして時として小さな沼を形成している。それがさらに丘陵を降って案内沢となった。その風景は以前ブログで紹介した音無の風景のようではなかったか。

 当時の蝦夷は、この案内沢を目印にして小田原丘陵を下っていったのかもしれない。

 「反対側の沢に来た、これを下ろう。」

 などと声を交わしながら。そうだとしてもなぜ、当時の蝦夷は、案内沢とは反対の地から丘陵を登り、そして沢を下っていったのだろうか?



Emi1-1.jpg

 案内沢の水源とな大堤沼、新興住宅地の中にひっそりとある。



Emi1-2.jpg

 大堤沼から注ぐ沢、これが「案内」沢の起点となる。



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カテゴリ : 蝦夷の記憶
2013-03-17(Sun) | コメント : 0 | トラックバック : 0

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