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案内の謎(1)「最南端のナイ地名」 


 前回紹介した仙台市宮城野区「田子」、ここから西に向かい丘陵地帯にさしかかる場所に「案内」という地名がある。もっとも度重なる住宅開発により、「案内」の地名は消えつつあるが、現在の東仙台や苦竹がある付近は、かつて案内前とか案内南などと呼ばれていた。

 この案内という地名は、「内(ナイ)」というのがアイヌ語で言うところの沢(ナイ)と一致し、それゆえに「案内」もアイヌ語で解ける地名ではないかと考えられることが多い。もしそうだとするならば、案内はアイヌ語地名研究において注目されるべき地名である。

 それは、現在確認されているところ、この地名がアイヌ語の内(ナイ)地名として、日本の最南端に位置するからである。

 東北地方に残るアイヌ語地名は、青森県、秋田県、岩手県には多く残るが、宮城県北部の江合川以南から少なくなり、仙台市あたりまでくると、アイヌ語(らしき地名)にさえ出会えるのは、まれである。

 そのような位置関係にあって、仙台市内にズバリ「内(ナイ)」地名があるわけだが、しかし、「案内」が本当にアイヌ語地名かどうかを裏づけるのは確証が無く、「内(ナイ)」はともかくとして、「案(アン)」をどう解くかが謎のまま残っている。

 この「案内(アンナイ)」をどう解くべきか・・・まずは基本資料をおさらいしてみよう。

【百姓が道案内】

「宮城県地名考」(菊地勝之助)から引用してみる。

「伝える所によれば天正十八年の昔、伊達政宗が岩切城(高森城)を攻めようとした時、この地の百姓が道案内の役を務めて戦いを有利に導いたというので、爾来この地を案内と呼ぶようになったということである。」

これが一説、そして

「藩政時代に仙台を訪れる顧客をこの地に送迎して案内したのでこの名が生まれた」

 をもう一つの説として紹介している。

 後者の説について菊地勝之助は、この街道筋にのみに当てはまるわけではなかろうと疑問を呈している。そして金田一博士の「北奥地名考」において、案内はアイヌ語から出たものではないかとの説を紹介し、アイヌ語の解説を続け、これを支持している。



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カテゴリ : 蝦夷の記憶
2013-03-17(Sun) | コメント : 0 | トラックバック : 0

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