FC2ブログ

音無の地名の由来「音無周辺の古墳と38度線」 

 音無の地名の由来「日本各地の音無伝説」 から

 音無のある大崎市三本木は、鳴瀬川により南北に分断される。北部は大崎平野の低平地にあるが、南部には丘陵地が広がる。この南部の丘陵地帯にも水田はあるが、それは丘陵に挟まれた隘路となって南側に連なっていく。音無は、この隘路の奥にある。

 この鳴瀬川の南部丘陵地帯一帯には、いくつかの遺跡がある。

 音無のある隘路の奥から、再び北側に戻り鳴瀬川にぶつかる。ここが隘路の入り口となるが、その東側の丘陵を眺めれば「山畑横穴古墳群」がある。日本北限域の装飾横穴と呼ばれ、古墳時代後期から奈良時代のものと推定される古墳だ。



0oto2.jpg

山畑横穴古墳群

 見物はこちらから「大崎市三本木ふるさと研修センター」



 今度は隘路の入り口から西側の丘陵を眺めてみる。この丘陵のさらに西方に「念南寺古墳群」がある。この古墳は古墳時代中期に築造されたものとされ、前方後円墳としてはやはり北限の古墳と言って良い。その規模から類推して、この古墳は相応の地位にあった地方首長級のものと考えられるが、それが誰であったかは、今となれば知るすべがない。
 この古墳のある丘陵からは大崎平野を一望することができる。当時の首長はこの丘陵からどんな風景を眺めていたのであろうか?



0oto3.jpg

念南寺古墳から出土した石棺




大きな地図で見る




 再び隘路の奥にある音無に目を戻す。ここから西側の丘陵を眺めると、そこに「日の出山瓦窯跡」がある。これは奈良時代前半における陸奥国最大の官窯で、多賀城や大崎地域の城柵、官衙、寺院などに多くの瓦を供給した。



0oto5.jpg

日の出山瓦窯跡から出土した瓦

 見物はこちらから「愛宕山農業伝習館」




 このように音無周辺の丘陵には古墳時代から奈良時代にかけての遺跡が多いが、この時代、宮城県北部では大和と蝦夷の勢力が対峙した。

 現在、北緯38度線といえば、朝鮮半島を南北に分割する境界線が連想されるが、この緯度を日本側にシフトすれば、そこは宮城県南部になる。北緯38度が39度に切り替わるのは岩手県の平泉付近となるが、ここは奥州平泉文化が栄えた地だ。

 この北緯38度から39度までの間は、大和と蝦夷の争いが繰り広げられたラインとおおよそ重なってくる。
蝦夷進出総司令部の趣が強い多賀城、その多賀城を一時陥落させた伊治呰麻呂が拠点とした伊治城、駅も蝦夷反乱の首領アテルイは39度線より少し北側に覇を極めたが、その後の前九年の役・後三年の役とも、その多くはこの北緯38~39度の区間が舞台となる。

参)多賀城と蝦夷

 39度線にあたる平泉では奥州藤原文化が栄えたが、この体制は蝦夷の伝統を少なからず引き継ぐ。そして東北蝦夷、最後の歴史とも言われる。



 音無の地名の由来「宮城県のアイヌ語地名の分布」に続く



スポンサーサイト



 

コメントの投稿

非公開コメント


弊ブログおすすめ
本ブログ登場の方々がお届けします

 農薬を使わないお米、肥料を使わないお米を宮城県から全国に発送します。

B_kumattkofarm.gif

仙台市秋保から無農薬野菜をお届けします。

【2012年産の新米 出荷開始】

B_fureaiS.gif

 いにしえの品種、その野性味が自然栽培でよみがえります。
宮城県色麻町から

【2012年産の新米 出荷開始】

B_bamboo_20120319235249.gif

 自然栽培のササニシキを天日干しにしてみました!おてんとの味わいをお楽しみください。
宮城県色麻町から

【2012年産の新米 出荷開始】

B_woodartbag.gif

 でんでんむしむしカタツムリ、自然栽培の六次産業を目指します!
宮城県石巻市和渕から

プロフィール

2010tariki

Author:2010tariki
【問い合わせ先】

メールは以下の
「A+B+@+C」
になります。
A=tarikino
B=tunagari
C=infoseek.jp

検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR