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士農工商とお金 

 前回の記事では、ライブドア元社長の堀江氏に関する話題を取りあげてみました。堀江氏は私とほぼ同じ世代で、そのためか彼の主張に対して割と共感を抱くことが多くあります。

 私の世代は、そろそろ40代を迎えようとしており、このまま旧体制に順じて生きていくべきか、それとも若気の至りの20代は未だ遠からずして、もう少し自分の信ずる道を突き進んでみようか、などとある意味で人生の岐路に立たされる年齢であるとも言えます。
 ゆえにこの年齢にあり、納得できない罪状で無為なる司法手続きに日々を浪費せざる得ない堀江氏の無念さには同情を禁じ得ません。

 で、ネットで、堀江氏の記事も良く読むのですが、下記の記事では、堀江氏の「お金と社会」に対する思想が伺え、おもしろく読みました。

 「一方的な報道による誤解を解きたい」―堀江貴文氏の逮捕後初の会見を(ほぼ)完全収録

この中で、堀江氏は



 「お金もうけをしている奴らは地位が低くて、お金もうけをしていない私たちのような侍というのが偉いんだ」という意識が日本人の中にものすごく植えつけられているのは間違いないと思います。


 と江戸時代の士農工商を例に出し、日本人の「お金」観を延べています。

 確かに日本人は一見するとお金に無頓着なところがあります。例えば、農村の例で言うと兼業農家の存在です。

 「サラリーマンで収入を得て、しかも農業でも収入を得ている。」

 などと農政においては、なにかと批判されることの多い兼業農家ですが、実際のところは

 「サラリーマンで得た収入があるから、農業も出来る。」

 のが実態ではないでしょうか。

 つまり、大部分の兼業農家は採算度外視で農業を営んでおり、その少なからずは農業収支だけ見れば赤字であって、サラリーマンなど農外所得からの穴埋めにより、かろうじて農業が行えているわけです。

 だったら赤字経営の農業から手を引いたら良いように思えるのですが、兼業農家にとって赤字黒字は必ずしも農業を継続するための指標にはならず、まるでお金に無頓着であるかのように農業を継続しています。その意味で兼業農家は日本の農地を荒廃させないための壮大なるボランティアをしているようにも見えますが、しかし彼らにボランティアという意識があるわけではありません。

 大部分の兼業農家は、先祖から継がれてきた「田んぼ」を自分の代で潰すのは忍びない、そんな気持ちで赤字農業を続けているように感じます。

 もっとも最近では専業農家に農作業を委託する農作業受委託がだいぶ広がり、また国の補助制度も改革されたことから、農業を辞める兼業農家も増えているようです。

 もう一つ、農業と金の関係でおもしろいのは、不景気になる度に農業への雇用が注目されることで、最近もその傾向があるようです。
 この傾向は農業の現場から離れれば離れるほど強くなるのですが、単純に稲作だけを考えてみても、日本の米の市場価格、需要量、生産費用、水田面積からザッと計算すれば、総量として新しい雇用を生み出せる規模はたかが知れていることが容易に理解できるはずです。これが野菜であればなお現状は厳しいでしょう。

 仮に日本が脱工業化を図り、産業の機軸を農業に置こうとすらならば、1億の人口を扶養することは到底不可能で、江戸時代の3千万にプラスアルファー程度の人口扶養が、せいぜいかと思います。

 それでもなお、農業に郷愁が抱かれるのは、人の命を養うため、リアルに実態のある食物を作るといった行為にあるからではないでしょうか?

 食物に比べ、お金は人の概念の中にしか実態の拠り所がありません。仮に誰もがお金に価値が無いと思ってしまえば、貨幣は単なる金属の塊でしかなくなるし、紙幣はメモ用紙にも使えない新聞チラシにさえ劣る存在にしかなりません。もともとお金は、食物など実態のある「財」を円滑に交換するために発明された道具でしかないわけで、「お金」には実態が不確かな一面があります。

 そして不景気になれば、人は自分達の生活が霞のように不確かな「お金」という存在を基礎としていたことに愕然とし、そしてリアルな実態を生み出す農業に郷愁を抱き始めるのかもしれません。

 実態を生み出す農業、この考えは、寛政七年、離農の相次ぐ上州で書かれた「開荒須知」という名の農書にも記されています。ちょっと引用してみます。


 職業として貴いのは農業である。なぜなら人の生命を養うのは食物であって、大地に五穀を植えるのは農民だからである。士農工商のうち四民のうち、武士の身分が一番高いのはいうまでもないことで、その次は農民を上位とし、職人がその次、商人がまたその下におかれている。

農山漁村文化協会 発行「日本農業全集(開荒須知)」より



 「武士の身分が一番高いのはいうまでもないことで」この部分は、もう少し説明がほしいところですが、それはともかくとして、農工商の順序は、

 ・自然から実態を生みだす「農民」
 ・その実態を加工する「職人」
 ・加工した実態を流通させる「商人」

 となり、人が生きるのに必要な「実態」からの距離を基にして、士農工商の身分が定められたようにも感じられます。

 ゆえに商人が士農工商の最下位に置かれたのは、堀江氏の言う「お金もうけをしている奴ら」だけではなく、もう少し別の日本人なりの価値判断があったように思います。

 いずれにしても、例え農業が貴いからと言って、先に述べたように、日本の産業の機軸を農業に置いたとしたら、到底一億の人口は養うことができないわけで、つまり日本人の多くの命は「工」、「商」に支えられているのが現状でしょう。

 そして何より農産物を食べてくれる多くの「工人」、「商人」があって始めて農業経営は成り立つわけですから、「農」が元気になるためには、まずもって「工」、「商」が元気でなくてはならない、というのが私の持論なのでありました。

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