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『火怨』 アテルイと田村麻呂 


 以前から、アイヌ語(蝦夷)地名を地図で探すのが趣味となり、その地名を探しながら宮城県から岩手県にかけて、この大地を駆けめぐった蝦夷の時代を想像することがある。
 しかし、そのような想像は、しょせんは身勝手な頭の中で描く、おぼろげで不確かな断片的夢想のガラクタであり、それ以上のストーリーに発展しないものだ。それゆえに、なおのこと、当時この大地を駆けめぐっていた蝦夷の人々の時代のストーリーに思いが及ぶのだが、小説は、その世界をバーチャルリアリティーで補強してくれる。

 蝦夷の小説ではNHKの大河ドラマにもなった『炎起つ』が有名だが、仲間内でこれを読んでいる友人がいたので、それなら自分もと、この小説を手に取ろうと思った。しかしながら『炎起つ』は全五巻あると知り、そのボリュームに圧倒され一時退避。

 そこで、まずは『炎起つ』と同じ、高橋克彦氏の著作『火怨(上下巻)』から読むことにした。

 『炎起つ』は平安中期の前九年・後三年役がテーマだが、『火怨』はそれより前の奈良時代~平安初期が舞台で、アテルイ、田村麻呂の時代がテーマである。ゆえに歴史的順番から言えば『火怨』を先に読んで良かったかもしれない。

 で、読み終わっての感想である。

 伊治城(現在の栗原市築館)の伊治呰麻呂の乱から始まり、大和朝廷軍とアテルイとの抗争が繰り広げられる。多賀城や桃生、胆沢や志和、気仙など私にとって身近な地域を舞台にしながら、その地勢を活かし、蝦夷郡は、朝廷郡を何度も撃退していく。

 しかし、最終的に英雄アテルイは河内国でさらし首となるのだ。これが史実であるが、これを高橋克彦はどう描き、どのような未来を求めたか・・・それこそが、この小説の最終テーマであろう。

 豆知識だが、栗原市(栗原郡)の「くりはら」は、伊治呰麻呂の伊治(これはる)に語源が求められるとの説がある。確かに伊治城の近隣には「栗原(くりばら)」の地名が残っているが、これは「はら」ではなく「ばら」と読む。この「は」と「ば」の違いは重要で、「くりばら」の地名は、

「Ba(ば) → Fa(ふぁ) → Ha(は)」

に転訛する以前の古い地名であることがわかり、伊治の時代まで遡りそうな感じもなくはない。 

 さて、アテルイだか、好敵手として征夷大将軍の坂上田村麻呂が登場する。田村麻呂は蛮族として朝廷から見下されていた蝦夷の良き理解者として描かれており、確かに史実では、坂上田村麻呂は捕らわれたアテルイの助命を請うたと伝えられている。

 宮城県では坂上田村麻呂にまつわる伝説が多いが、その中に田村麻呂の母を地元(仙台近辺)の悪玉姫とする伝説がある。なぜこのような伝説が生まれたのか不思議だが、もしかしたらアテルイを倒した田村麻呂にも、その出生には何か蝦夷との縁があったのかもしれない。

 『火怨』を題材に、県内の伝説や地名を、もう少し紐解いていこう。



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カテゴリ : 蝦夷の記憶
2012-12-24(Mon) | コメント : 0 | トラックバック : 0

蝦夷の伝統とローカルスピリット 


 白川郷の記事ではグローバリズムの世の中にあり、ローカルカルチャーが生き残っていくためには、その地域毎の伝統や思想、風土を背景にして育まれたスピリットが何であるかを探り、それを現代経済にアダプトしていくことが必要だと書いた。

 そこで、私が生活する東北地方に視点が戻る。

 東北と言っても様々な地域がある。主として私にとって身近なのは、宮城県北部から青森県南部にかけての地域だ。この地域のスピリットは何であるのか・・・その原点には蝦夷がある。そう考えたのは5~6年前のことだ。

 当時、身分不相応にも、仙台市の若手経営者が集まるビジネス研究会みたいなものに参加していたことがある。そこでは右肩下がり方経済において、今後、どういった商品開発に地域活性化の糧が見いだせるか・・・
 そんな意見交換を交わしていたのだが、私の持論は終始一貫していた。

「大量生産、生産原価縮減、そのような商品で争っても首都圏の大資本にかなうはずがない。」

「目指す商品は、こだわりの少量生産、高価で良い。このような商品を多様に品揃えする。そうすることで、小よく大を制することができる。」

 このような持論はランチェスター法則から導かれるもので、自身としては仲間の米などをインターネット販売展開してきた経験が裏付けとしてある。

 ただし、「目指す商品はこだわりの少量生産」と言ってみたところで、それが具体的に何であるのかが問題となる。特に重要なのが「こだわり」についてだ。

 ここでの「こだわり」とは何か?

 それはたぶん、その商品の生産が拠点となる地域の伝統や文化に裏づけられた「こだわり」なのだろうと思うが、しからば、この地域の伝統や文化とは何なのか?

 その先に蝦夷があったわけである。

 宮城県では伊達政宗の威光が燦然と輝き、その向こう側が見え難くなっているが、元来、宮城県北部は蝦夷の地である。好む好まざるに関わらず、それは歴史的事実なのであり、我々の思想、生きたかには蝦夷の伝統が宿っている。
 その延長線上に東北人の文化が育まれてきたはずで、その原点を知らずして、我々地域の「こだわり」を考えることはできないのではないか?

 5~6年ほど前から、そのように考えるようになってはいたが、しかし、そこには壁がある。蝦夷の伝統を知る必要がある、そう考えたところで、今現在、それを知る手がかりがどの程度残っているか?

 かろうじて宮城県各地にも蝦夷の反乱「前九年・後三年の役」の逸話は細々と伝えられており、アイヌ(蝦夷)語地名もちらほらある。それにしても限られている。このような手がかりで、どこまで、蝦夷の伝統を探求できるのだろう、そう思いながら現在に至る。

 
カテゴリ : 蝦夷の記憶
2012-12-24(Mon) | コメント : 0 | トラックバック : 0

白川郷/岐阜県大野郡白川村荻町 


 9月15日、お昼過ぎに白川郷に到着。

 青い空を、しばしば灰色の雲が遮る。そろそろ天気は雨天に傾きつつあるようだ。それでも行楽にはうってつけの休日であり、白川郷には多くの観光客か訪れている。



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 世界遺産に登録され、その名も知られた白川郷である。

 往来する人の賑わいから、この白川郷には相応の観光的経済効果がもたらされていることが想像できる。それが白川郷の景観を守るため、少なからず貢献しているはずだ。

 もう二十年近く昔のことになるが、深夜のラジオに耳を傾けていた時のことを思い出す。白川郷かどこだったか、何にしても合掌造りの家屋保存について、女性知識人が声高に訴えていた。

 曰く、合掌造りは現代生活を送るのに不便だからと改築が進み、伝統的風景が消えつつあると。そして女性有志者は次のように自分の主張を続けた。

 「生活が不便だからと伝統的風景が改築されるなら、法律で改築できないようにする必要がある。過激だけど、そうしないと伝統的風景は守れない。」

 確か、そんな内容だったと思う。

 その主張に反感を感じた。

 年に数回訪れるかどうかわからない人にとっての『伝統的風景』、自らは存分に現代文明の利便性を享受しながら、その数日の感傷的風景のために、そこで生活する人の切実な思いを否定する。

 茅葺き屋根の葺き替えには数百万の費用がかかる、当時の私にそれだけの知識は無かったが、それでも、伝統的家屋で生活するための苦労は大きいのだろう、そう想像するだけ頭はあった。

 この課題を解決するための安易な方策として、国が家屋の集落を買い上げ維持し、官営のテーマパークとするもののがある。いわば国立公園の集落版といった考えだ。

 しかし、自然任せの景観が対象となる国立公園とは違い、集落には生きた人の生活がある。それがあって始めて集落の景観が維持されはずであろう。
 国が「不動産」を買収し、それを維持したところで、人の暮らしや営みまで管理することはできない。仮に何らかの補助政策でそういった暮らしを再現できたとしても、山村で暮らす人間の伝統や知恵や心意気、そういった諸々の「スピリット」まで管理することは不可能だろう。

 そこまで、思い、気がつくことがある。

 街を眺めて、感ずる風景とは、その地で生きてきた人々のスピリットの現れなのだと。

 もし何らかの伝統的風景を守っていこうとするのなら、まずは、そこに住む人々のスピリットがなんであったのか紐解くことが必要である。そして、そのスピリットが明らかになるのなら、次に、それを現代経済にアダプトさせる工夫を試みる。

 このような過程の先に、ローカル経済の再生があるのだと思う。

 

 
カテゴリ : 街並み
2012-12-09(Sun) | コメント : 0 | トラックバック : 0

馬籠宿/岐阜県中津川市 


 妻籠宿を後にし、馬籠峠を越えると馬籠宿に到着する。

 妻籠宿には、まだ出店が開く前の時間に訪れた。しかし馬籠宿を訪れる頃には、おみやげ屋が開店し、観光客も増えていた。道行く人の姿も多い。



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 馬籠宿は、明治・大正の大火により、その時点で残っていた家屋はあらかた焼失したようである。

 そのためかどうか、妻籠宿に比べれば、家の造りが新しい。一方で妻籠宿ほどの風情は残らないが、馬籠宿には活気がある。

 それゆえに、馬籠宿の景観は、地域経済の自立にも大きく貢献しているのだろう。

 『生きた伝統文化』、それが守られるには、その伝統的文化が地域の中で経済的に自立していることが必要である。その意味で、馬籠宿には生きた伝統文化が残っているのかもしれない。

 しかし、若干だけ違和感がある。それは馬籠宿の風景が、山形の蔵王や宮城の鳴子といった温泉街と同じように感じたことだ。

 始めて訪れたはずの馬籠宿だが、さほど新鮮味を感じなかったのはなぜなのだろう。



 
カテゴリ : 街並み
2012-12-02(Sun) | コメント : 0 | トラックバック : 0

おてんと様と先人の稲作 


 稲刈りしてから、棒掛けの天日干し。

 その後、不順な天候が続き、これが今年の晩秋の特徴でした。

 このままでは、籾が乾かないのではないか・・・

 すでに周囲の田んぼは刈り取った稲株が並ぶだけ。天日干しの棒掛けは我が田んぼにしかない。農作業の機械化が進んだから、稲株だけの風景だけど、何百年もこの地で稲作は営まれてきた・・・

 天日の乾燥だって、ずっ昔から、この時期に営まれてたはず。

 それでも、自然を信じ切れない、人間の情けなさ、ふがいなさ・・・

『11月22日 脱穀』



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 稲刈りし、一ヶ月ほど天日乾燥し、空の様子にやきもきしながら、ようやく脱穀作業。

 棒掛けした稲をハーベスターに投入すると、カラカラと乾いた音が響く。思いの外、籾は乾いているようです。

 滑らかに、そして軽快に作業は進んでいく。

 脱穀の音を聞きながら、この一ヶ月をふりかえる・・・

 確かに不順な天候は続きましたが、例え不順でも、おとんと様は、きちんと籾を乾燥してくれてました。
 
 自然の力を信じて、営んできた先人の稲作を、今さらながら実感させられた、晩秋の空でありました。



       
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2012-12-02(Sun) | コメント : 0 | トラックバック : 0

不順な天候と虹、そして天日干し 

『11月8日 天日干しの様子』

 10月下旬の稲刈り、その後天候は不順に推移しています。

 それでも、時折見せるおてんと様。

 秋雨がやむ頃に、虹が出ます。



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 今年は、虹に励まされる事が多いです。

 人間には不順と感じる天候ですが、稲や自然はどう感じているのでしょう・・・

 やきもきするばかりですが、雨上がりの虹は、いつも人間に進むべき道を教えてくれてるているように感じます。

 そんな思いで、写真を撮ってみました。


       
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カテゴリ : 稲作
2012-12-02(Sun) | コメント : 0 | トラックバック : 0

イセヒカリの出来映え 

『10月24日 稲刈りの様子』

 今年のイセヒカリは、二山耕起と水の掛け流し農法で育てました。

 なかなか良い出来映えです。



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 イセヒカリの穂と茎、そして葉、全てが透き通るように美しく、これが一番の魅力です。作る人にとっての魅力ですね。



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 稲刈り時点での稲の根本の様子。

 私が猫毛と呼ぶ緑の絨毯のような草(マツバイ)が覆ってますが、この草が稲の大敵のコナギを押さえているようです。以前の記事にも書きましたが、二山耕起を始めてから、この草が増え、稲作には良い効果をもたらしています。



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 美しく育ったイセヒカリが美味しくなるよう、たくさんの天日で乾かします。



   
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2012-12-02(Sun) | コメント : 0 | トラックバック : 0

妻籠宿/長野県木曽郡南木曽町 



 9月15日、朝、長野県南部から白川郷に向かう。

 車窓から見える風景は中山間の連続で、石垣の棚田が多い。
  
 そろそろガソリンの残量が気になり始め、視線はガソリンスタンドの看板に向くが、なかなか見つけられない。街道筋の街並みはに人影は少なく、そのまま街を通り抜けた。

 山道を越え、小さな集落に入ると、ようやくガソリンスタンドを見つけ、給油した。

 「仙台から来たの?」

 店主と思わしき婦人が愛車のナンバーを見て尋ね、そして続けた。

 「津波、大変でしたよね。」

 それに微笑で答え、「ここから妻籠宿までどれくらい?」

 と尋ね返すと、店主は「10分くらい」と応じた。そして親切に、いろいろと妻籠宿までのルートや、見所等を教えてくれた。
 



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 よくぞこれだけの風景が残っていたものだと思う。

 それと共に、ここで生活してる人は、自らが住む家に対し、どのような思いを抱いているのか興味を抱いた。

 グローバリズムに駆逐され、廃れゆく地方経済の新たな道筋を探るためには、その思いにこそ、ヒントが眠っているように感じるのである。

 もう少し、旅を続ける。



 
カテゴリ : 街並み
2012-12-01(Sat) | コメント : 0 | トラックバック : 0
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