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新登場! いちじくのタルト 


 こんにちは、ライスフィールドのマスターです。

 新スイーツ、イチジクのタルト登場です。
 
 タルトなので、中には餡が入ってますが、こちらも一工夫。

 何が入っているか?

 まずは、一度、ご賞味ください!



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2011-10-20(Thu) | コメント : 0 | トラックバック : 0

三年目の二山耕起、無肥料稲作の不思議 


 こんにちは、田鴨です。
 先日日、浦山水田を訪れ、稲刈後の田面を眺めながら、何か不思議な変化が起きていることに気がつきました・・・

 その不思議な変化を記す前に、まずはここ数年の浦山水田の状況について紹介します。

 無農薬の稲作を観察し続けて、8年近くが過ぎました。無農薬の稲作は、営農方法や水田によって収量のばらつきが大きく、そのような田んぼのいくつかを長年見続けていれば、7月下旬頃の稲の様子でおおよその収量が予想できるようになります。

 平成20年の7月下旬、浦山水田の稲が厳しい状況にありました。その時の会話がこちら

 そして、この年の8月下旬に浦山さんと一緒に青森県の苫米地に行き、二山耕起の提唱者、山道さんに会ってきました。二山耕起とは、稲刈り後の秋、田植え前の春に水田を畑のように畝あげし、これを何度か繰り返す耕起方法です。

 この畝上げにどのような意味があるのか、その頃の私には不明でしたが、それにしても山道さんの田んぼは不思議な田んぼでした。

 と言うのは、幾種類かの希少な水田雑草があちこちに見られたからです。



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H20.8.26撮影 山道水田のミズアオイ




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H20.8.26撮影 山道水田のサンショウモ




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H20.8.26撮影 山道水田のミズオオバコ





 浦山さんは平成20年の稲刈り後から二山耕起に取り組み始めました。

  平成21年春の二山耕起

 平成21年の浦山水田は前年とうって変わり、みちがえるような稲で、前年の2倍以上の増収がありました。
 この結果を報告するため、浦山さんは再び山道さんに会いに青森に向かいましたが、残念なことに、二山耕起の山道さんは遠いところに旅立たれていました
 私は平成21年の浦山水田の豊作は、土壌中に眠っていた有機物が二山耕起により有効化された、すなわち乾土効果が発揮されたものと理解しましたが、この効果により土の養分を使い切れば、次年度は再び厳しさが戻ってくるだろうと予想していました。
 
  平成22年1月の二山耕起

 平成22年は春が寒く、冷害が予感されましたが案に相違して猛暑の夏となりました。このため、一般の稲作は平年並み以上の収量が得られましたが、浦山水田は平成20年と同じくらいの厳しさ。
 もう十年近く無肥料栽培を継続している浦山水田です。平成21年の二山耕起による乾土効果で、すでに残りの肥料分を使い果たしたか?そう思わずにはいられませんでした。
 しかし、浦山さんの考えは違っており

「平成22年の二山耕起は中途半端にしかできなかった。だから稲もふるわなかったが、平成23年はしっかりやる。」

と信念を持ち続けています。そして、明けて平成23年

  平成23年春の二山耕起

 今年、平成23年は6月の気温が高かったこと以外、おおよそ平成22年と同様の気候変化だったように思いますが、平成23年の浦山水田は、平成22年と違いました。
 現時点ではまだ稲刈り途中なので、具体的にな数字は出てきませんが、おそらく、前年の1.5~2倍程度の増収になると思われます。

 今年の私は、今年の夏の気温予想を外しておりますが、乾土効果で残りの肥料分を使い切った田んぼ、無肥料のままでは増収は見込むことが出来ないとした浦山水田への予想も外してしまいました。

 無肥料稲作の継続。

 この農法は外部から田んぼに養分を投入しません。その一方で、田んぼの養分は収穫された玄米となり、ひたすら外に出ていきますから、田んぼ養分収支は赤字を累積していくことになります。
 水田の場合は灌漑水などからも養分を得られますから、畑作ほど養分収支の悪化は急激ではないにしても、長年の無肥料は収量を減らしていくでしょう。

 平成21年は二山耕起よる乾土効果が発現されても、それは一時的な現象であり、実際のところ平成22年は減収しました。ここまでは理屈通りなのですが、しかし平成23年は見事なV字回復。

 返す々人間(ここでは私のことですが)の想像力などたかが知れていることを思い知らされます。

 それでも、なぜV字回復したか、ひたすら累積債務を重ねていくはずの水田土壌が、なぜV字回復を遂げるのか?今度は、その理屈を考えたくなってきます。

 先日、浦山水田を眺め、どうも不思議な印象を持ったのですが、そこにV字回復のヒントが秘められているように感じました。さしあたり、何に不思議を感じたのか、写真で紹介します。


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 稲株の間に、細い藁のような草がたくさん見えますが、これはクログワイ。無農薬稲作に減収をもたらす雑草で農薬を使わなければ、毎年少しずつですが確実に水田内に占有域を拡大していきます。
 浦山水田ではクログワイの占有面積があまり広がっていませんが、これは水田が緩傾斜地形ありクログワイの不得意な乾田的傾向が強いのに加え、毎年の二山耕起でクログワイの球根が地表に露出し、その結果として駆除されているためと考えられます。
 このクログワイの抑制効果は容易に予想可能できるもので、このことは不思議ではありません。



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 不思議なのは、こちらの写真。田面を緑の絨毯のような芝草のような雑草が覆っています。水田内でも田面が高く、あまりジメジメしないところに多いようです。



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 上の緑の芝草のような雑草の拡大写真です。この草はマツバイで、農薬をが普及して以後は、まるで絶滅危惧種にてもなったかのように、さっぱり見られなくなった雑草です。
 ここ数年、毎年のように浦山水田を観察してきましたが、このような雑草植生の変化は初めて気がつきました。これが私が感じた不思議な変化です。

 もう一つ、ここ数年、気になっていたことがあります。無農薬稲作の大敵となる雑草にコナギがありますが、この雑草が年々小振りになってきて、数も少なくなっている印象を受けていたのです。

 もしかたらマツバイが増えたことで、コナギが減ったのかもしれません。これは仮設となりますが、二山耕起でマツバイが増える土壌環境となり、そしてコナギがマツバイが駆逐される。マツバイ自体もコナギと同様、稲作に歓迎されない雑草ですが、少なくとも、今年は昨年より増収しています。

 3年ぶり以上経ってから、もう一度、山道水田の写真を観察してみました。



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 なるほど、確かに手ですくった土壌の表面にマツバイらしき植物が見えています。

 来年は注意深く、浦山水田を観察してみようかと思います。もしかしたら、今まで目にしなかった新しい雑草が見つかるかもしれません。



           
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自然栽培の稲刈りと棒掛け作業 


こんにちは、ライスフィールドのマスターです。

稲刈り作業もラストスパートです。

本日は天日乾燥のおてんと米の稲刈りです。



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今年のお米は量も質も良いできです。




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 天日干しのお米は、コンバインでなくバインダーで刈り取りします。その分、手間がかかります。



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 こちらは、刈り取った稲の束を棒にかける作業です。本日は、6人で作業しました。作業の様子を動画でお届けします。




 最初の木の棒を田んぼに突き刺します。単に突き刺すだけですが、一度突き刺した同じ穴に、数回、棒を突き立てねばなりません。このタイミングが難しく、ちょっとした熟練の技が必要です。
 また力まかせで突き刺せば腰を悪くしますし、何本も棒を立て込みできません。




 次に、立て込んだ棒の下部に添え木を結びつけます。この添え木の上に、稲束を十次に重ねていくわけですね。




 1mほど稲束を積み重ねたら、棒に藁縄を結びつけます。これを突起にして、積み重ねる稲束の段に隙間を作り、稲が乾燥しやすいようにします。




 こんな感じで、稲束を高さ1.5mほどまで積み上げていきます。


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 今年の天日乾燥米、11月中旬頃には、新米が食べられそうです。


           
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カテゴリ : 自然稲作
2011-10-18(Tue) | コメント : 0 | トラックバック : 0

これからの東北アイヌ語地名の研究について 


 本日、地元のローカル新聞を見ていたら知り合いの地名の生先が主催するイベントの情報を発見・・・
 とりあえず、先生に電話してみた。

「もしもし、ご無沙汰しております。」

先日はどうも

「いきなりで失礼しますが新聞見ました。それで参加費1万五千円はちと割高かと?」

「あ~あれね、新聞が詳しく書いてくれなくて・・・」
「現地ガイド料や宿泊費、資料代含めてその金額なの。1泊2日のコース。」
「当日の参加だけなら3千円。田鴨さんもどう?」

「・・・」

 そうかと思い、ここで新聞に書ききれなかった先生のイベントをブログで紹介します。



 これからの東北のアイヌ語地名の研究について 


日時:平成23年11月5日(土)午前10:30~6日(日)午後3:30
主催:東北アイヌ後地名研究会
日程
11月5日(土)

10:30       古川駅集合

10:30~16:30 探訪会 加美郡(城生柵菜切谷廃寺・矢越)・栗原郡(間海・颯壁 )を探訪

18:00~20:00 交流会 加美町 農家民宿「花袋・天王」


11月6日(日)加美町 中新田交流センター

8:30       受付

9:00~11:00 村崎アイヌ語塾(村崎恭子 先生
「第9課 WAHKA KU=KUU RUSUY 水が飲みたい」

11:00~12:00 研究発表 「気仙川水系矢作川流域のアイヌ語地名をさぐる~東日本大震災の鎮魂と復興を願って」
 小 林 紘 一 氏
誌上発表 「アイヌ語地名調べ歩きノート」
 菅 原 進 氏

13:00~13:20 基調講演 「加美町周辺のアイヌ語地名など」
笠 原 剛 氏

13:30~14:30 基調講演 「古代黒川以北十郡の状況について」
太 宰 幸 子 氏

14:30~15:30 ディスカッション
「これからの東北のアイヌ語地名の研究について」


会費:探訪費  2,000円
   宿泊費 10,000円(交流会・朝食代含む)
       ※(交流会のみの場合は 6,500円)
   資料代  3,000円
申込締切:平成23年10月23日(日)
申込先:太宰幸子(電話 0229-56-9458)
     土肥 稔(電話 080-2817-2588)



 6日のアイヌ語塾の村崎先生は樺太アイヌ語の権威で、なるほどインターネットで検索すれば、すごい実績がいくつも出てくる。
 
 アイヌ語、しかも樺太アイヌの話など、なかなか聞く機会は無い。しかし各種アイヌ語地名研究本に目を通せば、樺太と東北のアイヌ語地名には類似点が多い、との指摘にしはしば出会うのである。
 そのため東北のアイヌ語地名を考えるためには、樺太アイヌについてもある程度は知っておく必要があり、今回の樺太アイヌの話は貴重な機会となる。

 樺太アイヌについて『日本地理風俗体系 第十四巻 北海道・樺太編』(S5.2.21(株)新光社 発行)から少しだけ紹介してみる。


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 樺太の富内湖付近の地図、富内(とーない?)、遠淵(とーぶち)、善美内(ぜんびない?)、恩洞(おんとー?)など、ほぼアイヌ語と断定できる地名が散見される。しかも、北海道よりも内(沢)地名が多いのが樺太アイヌ地名の特徴で、これは東北アイヌ語地名とも類似する。


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 こちらは樺太アイヌの犬ぞり。樺太にはアイヌ以外にニブフ(ギリヤーク)、ウィルタ(オロッコ)などの民族も土着していた。このうち、ウィルタは鹿ぞりを使い、ニブフとアイヌは犬ぞりを使っていたが、時代を経る毎にニブフは鹿ぞりに移行し、昭和初期の頃になると、もっぱらアイヌだけが犬ぞりを使っていたという。



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 こちらは樺太アイヌのご婦人で、衣服は海豹(アザラシ)の皮で作られています。




 東北のアイヌ語地名に興味を持って数年たちました。

 田舎道で道路看板を見かければ、周囲の地形と比較しながらハンドルを握る。こんな感じでドライブしながら地元のアイヌ語地名について、いろいろと想像をふくらませるわけですが、そのような思いについて、この機会にいろいろ話し合ってみようかと思います。



            
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宮床の自然と竹細工、竹かごに花を活けてみた 


 宮床は大和町(宮城県)の南西にある。その地勢は背後に舟形山系を控え、里山も七ツ森に代表されるように急峻で複雑に入りくむ。

 その結果、広い水田は拓きようがなく、代わりに起伏に富んだ地形を活かし、畑作物や果樹、養蚕など、多角的な農業が地域の生業となった。
 何より山の幸は豊かである。広葉樹が育む木の実や山菜、キノコ、鳥獣の狩りなど山の恵みに事欠かかず、「山に行けば何か食える。」が地元の言葉となる。



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宮床川窪付近からの七ツ森の眺め



 そして山の幸は狩猟採取の恵みから民芸加工に発展する。木炭や竹細工、古くは鉄や火打ち石などが宮床の産物であった。宮床の奥にある南川の田畑は専ら自家用にのみ営まれ、貨幣獲得手段は炭焼きが担った。幸いにして宮床の山は、さほど雪深くなく、冬でも入れるのである。



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笹倉山山頂の大木



 このように、宮床の生活は一つの産物に頼らず多様であり、その年々の気候に左右される稲作に比べればリスク分散され、安定した暮らしを営むことができる条件を築きあげる。

 とは言っても、ひたすら自然の恵みに頼っていたわけではない。江戸時代、留山と呼ばれる伐採禁止の慣習があり、これは水源涵養が目的の一つであった。さらに遡れば、石神山精神社など古くから山への信仰が厚い土地柄である。自然の恵みを守り続ける営みが続けられたのであろう。



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舟形山麓の清流



 山の幸をより豊かな民芸品に発展させた歴史もある。江戸時代、宮床の領主は家臣以下に民芸加工を奨励した。それを他の土地に売り出すことで、領内財政を潤したのである。



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竹製の腰かご(宮床では「腰ふご」と呼ぶ)

宮床宝蔵にて撮影



 明治維新による廃藩置県は、武士の職を奪ったが、宮床では全ての武士が帰農した。最後の領主、伊達宗広自らが十二歳で帰農し、養蚕、機織り、果樹栽培などの産業を奨励し続けた。家臣以下も帰農したが、もともとが殖産振興に励んでいた宮床武士である。帰農した武士は早速、養蚕などの事業を興し、それぞれの家業に励んだと伝えられている。



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箕(み)、スズタケ、桜の皮、藤つるで作られる

宮床宝蔵にて撮影



 帰農武士が手がけた一つに竹細工がある。宮床の竹細工は実用農具として、長く近隣町村の農家に愛されてきた。しかし、昭和50年代以降、ビニールやプラスチック製品の普及は著しく、宮床の竹細工もその役割を終えつつある。

 博物館に飾られた民芸品は既に実用品でなく、歴史の遺物として飾られ、そして忘れ去られていく運命にある。



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ゲスザル(ギスザル)竹を編み、桜の皮を挟める。



 写真の竹細工品は「ギスザル」、若しくは「ゲスザル」と呼ばれた竹篭。ギスにしてもゲスにしても、その響きに色気は感じられないが、この篭は第二次大戦後に普及が始まった化学肥料を入れる容器で、これに入れた肥料を手で散布して畑に撒いた。

 化学肥料を撒くためなのだから、この竹細工が考案されたのはそれぼと古い時代ではないのかもしれない。しかし、その技法には巧みな技が感じられる。

 農具としては既に役割を終えた「ゲスザル」に、化学肥料でなく花を活けてみた。宮床の竹篭に野山の草花を活け、山の豊かさが感じられるように飾ってみる。



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大和駐屯地陸上自衛隊員の活躍 



3.11の震災では、自衛隊員の力が高く評価されました。

 震災直後、宮城県多賀城駐屯地の自衛隊は迅速に救援準備を完了し、その直後に津波が救援トラックの列を襲いました。

「災害派遣」の幕を貼り付けたまま浸水したトラックの列、その報道に米軍が自衛隊の本気度を確信したと伝えられています。

 大和駐屯地は沿岸部の被災地への最寄りの基地とし、災害対応に存分に活躍したことと思います。

 近所なので、その活躍の一部をお伝えします。
 


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平成23年4月28日 大和駐屯地の桜
今年の春は寒く、桜も遅咲きでした。




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同日、大和駐屯地の入り口




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入り口に災害対応の様子を伝える掲示板が掲げられていました。




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クリックすると拡大します
レポートの文言が自衛隊らしいですね。




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クリックすると拡大します




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クリックすると拡大します






 
 

大和駐屯地創立55周年記念行事 


陸上自衛隊第六師団 大和駐屯地


大和駐屯地創立55周年記念行事開催 
月日:平成23年10月16日(日)
場所:宮城県黒川郡大和町吉岡字西原21-9

自衛隊から頼まれたわけではありませんが近所なのでPRします。



下記は、昨年の様子



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自衛隊祭りでは、地元大和町吉岡の商店も出店し、地域経済にも貢献しています。



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こちらでは、自衛隊の歴代戦車を展示




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こちらは61式戦車、戦後初の国産戦車です。




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こちらはM24チャーフィー軽戦車
61式戦車以前に主力を担った戦車です。




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 74式戦車ですね。現在、大和駐屯地ではこの戦車が主力です。




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 泥濘の不整地を走行する戦車の弱点は、足回りにあると睨みました。輪転部に微細な土粒子が噛んで、走行するほどに輪転部がすり減っていく、不整地車が持つ宿命的メンテの弱点です。
 それにしても、これだけ大きくて重いホイールをどうやって交換整備するのか興味が湧いてきます。



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 こちらは、お約束ですね、戦車試乗体験もあります。







こちらは、戦車試乗体験の動画です。




 宮城県の大和町付近では自衛隊車両を見かけることが多く、駐屯地と王寺原演習場を結ぶ道路をドライブすると74式戦車とすれ違ったりします。

 王寺原演習場は歴史が古く、地元の農家の家に乃木希典将軍が一泊した話が伝わっていたりします。また満州事変の首謀者にして農民兵を気遣った石原莞爾やガダルカナルで苦戦した仙台第二師団も、この演習場で練兵に励んでいたことでしょう。

 戦後は一時米軍キャンプとなりましたが、地元では「せむ」という方言があり、これは「あなたと私は同じ」という意味で、つまり米軍の「same」が方言になって残ったという珍しい例。

 その後、演習場の一部は開拓地として払い下げられ、全国から入植者がありました。

 兵隊さん、米軍、開拓地、演習場、自衛隊・・・大和町周辺では、これにまつわる小話に事欠きません。



 

節電の冬じたくに「薪」 


 こんにちは、ライスフィールドのマスターです。

ようやく秋らしい気温になってきましたが、冬の間に仕込んで置いた薪が、いい具合に乾燥してます。


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 天気の良い日に薪のビニールハウスに入ると、「カチ、カチ」と薪が乾燥する音が響いています。

 今年の薪もスタンバイオッケーですよ。
 
 コナラクヌギを用意しています。



               
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「宮城米 知事が安全宣言 放射性物質検査終了」をどう考える? 


以下、河北新報記事(2011/9/30)から引用



 宮城県は29日、2011年産米の放射性物質検査が終了したと発表した。(中略)村井嘉浩知事は、県内全域で安全性が確認されたとして、県産米の安全を宣言し、販売促進に全力を挙げる考えを示した。(中略)
 県は、本検査を1950年当時の旧市町村単位で実施。97.6%に当たる372地点で「不検出」だった。白石市(旧越河村)、気仙沼市(旧津谷町)、栗原市(旧栗駒村、旧岩ケ崎町、旧鳥矢崎村2地点、旧文字村、旧大岡村、旧津久毛村)で101.6~20.3ベクレルが検出されたが、国の暫定基準値(500ベクレル)を大幅に下回り、重点調査区域に指定される200ベクレルにも達しなかった。(中略)
 岩手県が全33市町村で実施したコメの放射性物質調査で、セシウムは検出されず、同県産米は29日、初出荷された。
 福島県では、22市町村が出荷可能になり、一部出荷が始まった。予備検査で、二本松市の1地点で暫定基準値と同じ放射線量が検出され、県は市内の検査地点を急きょ追加し、調べている。





 宮城県内の新米ではセシウムが検出された地域もあるが「不検出」であっても検出限界は20ベクレルである。このため「検出地域」と「不検出地域」、それぞれのセシウム値にどの程度の差があるのか、評価するのが難しいところ。

 この差を評価するために、地表面や土壌から検出されたセシウム値が目安になると考え、以下に

 ・航空機から調査した地表面のセシウム
 ・水田土壌から検出されたセシウム
 ・平成23年産米から検出されたセシウムの調査結果

をマップに取りまとめてみた。



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 なんにしても新米の放射性物質含有量の大小を評価するためには、「米」単独では評価できず、肉や魚や野菜や水や・・・外部から受ける放射線量など、それら諸々の被爆要因をトータルした値でなければ、評価のしようが無いと考える。

 それで、試算したのがこちらのページであるが、結果だけ言えば、米の場合、kg当たり40ベクレル程度の値なら、その他食品や要因からの被爆量を合計しても年間被爆量は1ミリシーベルト以下となる。 1ミリシーベルト以下なら、これを日本の自然被爆量(1.5ミリシーベルト)に加えても、世界平均の自然被爆量(2.5ミリシーベルト)に届かない。

 とは言え、空間からの外部被爆が大きい地域もある。そういった地域の年間被爆量は2.5ミリシーベルトを超過する場合があり、それが福島県だ。

 もっとも2.5ミリシーベルトを超過したとしても、世界平均の自然被爆量より高い値となるだけで、健康への影響がどの程度生じるかは明らかでない。(現段階で明らかなのは100ミリシーベルトで以上で癌の発症率が1~0.5%となることだけ。)

 しかしながら健康被害が想定し難いとしても、従前より1ミリシーベル以上の放射線量が高くなる地域の人達は社会的リスクを背負うから、その補償を受ける権利があるはずと考えるのである。

 
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