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今年の桜と万葉集 

 こんちは、田鴨です。

 「そちらの桜は満開ですか?」

 とコメントいただき、そう言えば満開だなと思い出しました。

 毎日路上で見てるんですが、震災以降、まだ3月を引きずっている感じで、季節の移ろいに目が行ってませんでした。

 こちら(宮城県大和町)も桜は満開です。



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大和町信楽寺跡入り口から撮影




 今年の桜は、色が薄いとの話を良く耳にします。



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 水仙も、小さなうちに咲き始めたとの話も耳にしました。
 震災以後、何か天候の変化が生じ、それが今年の草花の生長に影響を与えているとの話も聞きます。



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 水田脇でみかけたアブラナ




 震災と天候の関係には、いろいろ考察が必要なところですが、何となく納得できた話は、地震で三陸沖の地盤が隆起し、それにより海流が変化して海水温が下がったこと。それで気候に変化が生じたとの説です。

 何にしても、草木の移ろいから、自然の様々な変化を感じ取ることができます。

 日本人は昔から、自己の心情を投影して自然の移ろいを眺めてきました。

 万葉集では、そのような風景がたくさん眺められます。

 この時代は仏教も儒教も律令も、未だ庶民の心には届いておらず、人々は四季の移ろいを眺めながら、自然で自由な気持ちを表現していました。

 自然で自由だからこそ、その歌は千年以上の時代を経てもなお、人々の心に感動を与えるのでしょう。


 左に紹介する万葉集入門では、四季折々の風景写真と併せて万葉歌を紹介しています。

 私の写真も一枚、取り上げてもらいました。

 ゴールデンウィーク、新緑の眺めは日々変化していきます。

 万葉の歌を心に抱きながら、春の野山を楽しんでみてはいかかでしょうか?















            

本ブログで紹介した書籍は
「ライスフィールド・ライブラリー」にも置いてます。
一読されたい方は気軽にお声がけください。

            



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カテゴリ : 花と木々
2011-04-30(Sat) | コメント : 0 | トラックバック : 0

想定外の災害を想定内とするための教訓 


 今回の震災は貞観地震以降の千年の一度の規模と言われ、まさかこのような巨大な津波が街を襲ってくるなどとは多くの人達にとって想像できない出来事でした。

 確かに仙台には「国道4号線から東側の仙台平野付近はもともと海だったが、大津波が来て陸地になった」との大津波伝説が伝えられています。しかしそれは、だいたいの場合、おとぎ話の次元でしか受け取られず、それにリアリティーを感じていた人は、ほとんどいなかったと思います。

 そのような津波伝説よりも、千年というスパンから考えれば、極々最近の出来事「チリ津波では大丈夫だった」が行動判断となり、結果として津波から逃げ遅れ、犠牲になった人が多くいたように思います。

 岩手県沿岸では、地域で語り継がれる三陸津波の経験を活かし、無事に津波を逃げ切った人達の話を各種報道で耳にしますし、津波とは別の災害となりますが、東北北部では180年ほど前の天保天明の飢饉が、まだまだ語り継がれていますから(私が子供の頃の印象ですが)、そのくらいのスパンであれば、世代を越えて災害の記憶が語り継がれるようです。

 しかし、千年たったら?

 仙台平野は1千年ほど前の貞観津波で被災した史実があり、私自身も、そのような歴史上の災害知識だけは持っていました。 もっとも、その知識はまるでリアル感の無い、おとぎ話の出来事のようで、それがそのまま防災意識に結びかつかなかったことも事実です。

 今まさにリアルに貞観津波が再現されたわけですが、今さらながら「なぜ貞観津波を意識しなかった?」と言う識者も多いようです。しかし、そうような識者に対しては

「それではあなたは『貞観津波』の史実をいつ知ったのですか?」

と問いたくなります。

 一方で、地域の歴史家には、この貞観津波を研究して、大津波の再来を指摘した人がいました。そして専門家の間でも、この津波をシュミレーションし、防災計画に反映させる動きがあったようですが、その矢先の災害となりました。

 膨大な予算を伴う行政の防災計画は、始めに学者などの議論があり・・・
 そこから定説が生まれ、そして専門家が具体的な計画を策定し・・・
 それを行政に反映させるため、さらにまた審議会などで議論して、財務省に予算を要求して・・・
 そしてやっと獲得した予算で数十年単位で、防災施設を少しずつ整備していく・・・

といった流で行われます。

 つまり、相当長期の時間が必要となるわけですが、しかし災害は待ってはくれません。
 
 そのような中で自己防衛していくためには、地域の歴史家の話に耳を向け、それを「おとぎ話」として受け取るのではなく、リアルな生活の知識として活かしていくことが大切であるように感じています。


 

はじめに 

 2011年(平成23年)3月11日 14:46発生の東日本大震災は巨大津波を生じせしめ、東日本大平洋沿岸地域に甚大に被害をもたらしました。

 本ブログでは、全国の賛同者から協力を受け、微力ながらも被災地(石巻市方面)への物資支援を続けておりますが、その過程で、あるいはそれ以外の様々な場面で、被害者から生々しい体験談を聞かせていただいております。

 このような体験談は、それを経験した人達にとって誠にデリケートなものであり、それをそのまま第三者に伝えるには、はばかられる思いがありますが、一方で、災害にあたっての数々の教訓も秘められています。

 このため、この被災地での体験談から他に伝えるべき教訓を抽出し、伝えていこうと考えました。そうすることで、デリケートな体験談はオブラートに包まれますし、そしてまた、このブログを通じてたくさんの支援物資を提供いただきました多くの方々に対しも「教訓」というお返しが用意できると考えました。

 とは言え、この教訓は私の限られた体験、限られた伝聞で編修することになります。果たしてどの程度、人様のお役に立てるか自信がありませんが、もてる時間と知識を駆使し、できる限りの能力で教訓を綴っていこうと思います。

 

8年目のめおとこぶし、ピンクと白のめおとで開花です 

 こんにちは、ライスフィールドのマスターです。

 店先に植えた、こぶしが咲きました。

 ピンク(赤)と白が、めおとになって開花です。



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 このこぶしは、ピンクの花のこぶしに、白い花のこぶしを接ぎ木したもの。
 両親の金婚式を鳴子で祝い、その時に鳴子の植物園で買ってきた夫婦(めおと)花です。

 ピンクの花は毎年開花していましたが、白い花は8年目でようやく開花しました。

 始めて揃って開花です。

 ようやく夫婦になりましたね。

 長い人生、山あり谷あり、待ってれば、二つで一緒の花が咲くこともあるもんです。



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カテゴリ : 花と木々
2011-04-25(Mon) | コメント : 0 | トラックバック : 0

「食えぬなら、肥やしにしましょう水産物」、腐敗する冷凍水産物の有効利用 

 本日、最後の石巻支援報告、今度は地元産業支援です。

 石巻市、全国で3番目の水揚げ量を誇っています。ただし、平成22年時点での話です。

 石巻市に限らず、東北の大平洋沿岸には八戸、気仙沼、女川、塩竃など、全国有数の水揚げ量を誇る漁港がいくつもあります。そして三陸全域が主な産業を漁業求めてきました。

 しかし、今回の津波です。

 以前の活気を取り戻すには、長い道のりが必要になるでしょう。

 石巻市にある、その名も「魚町」には、漁港に面した水産加工場が並んでました。しかし、海に面していただけに、津波で大きな被害を受けました。このことは、以前の記事でも紹介しました。

 この町には、たくさんの水産物が冷凍庫に保存されていましたが、津波の被害で冷凍できなくなり、全く惜しいことではありますが廃棄処分しなければならない状況です。

 海に廃棄するか山に廃棄するか、食べれば美味しい水産物が、廃棄場所に困るという、なんとも残念な事態に直面しているわけです。これも仕方のないことではありますが。

 しかし、この水産物、

「人の栄養にならぬなら、農作物の栄養にしてみましょう、魚粕」

と、竹チップの「爺さん」が動き始めました。



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 千年に一度の津波を生き抜いた、竹チップの植繊機、10t保冷車の下から蘇りました。
 只今、稼働中です。



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 こちらは、竹をパウダーにしたもの



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 こちらは、竹と水産物を一緒にパウダーにしたもの。魚は「魚町」で廃棄処分されるものを譲ってもらい、有効利用しています。
 魚粕の臭いはありますが、 竹パウダー(竹チップ)は防臭効果があるので、それほど臭いはきつくありません。
 ただし、まだ加工して間もないので、よくこなれてないのが難点です。



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 こちらは、震災前に加工しておいたもの、震災前まで、爺さんは水産加工場を営んでましたから、その副産物の魚粕を試験的に竹パウダーに混ぜたいたわけです。
 加工して1ヶ月もたつと、竹パウダーの効果が発揮されるのか、魚粕の発酵が良く、サラサラになります。




 いかがでしょうか、廃棄運命「水産物」の有効利用「竹パウダー魚粕ミックス」、早速、この魚粕入り竹パウダーを商品名「竹若丸」と名付け、ネット販売することにしました。


 

廃棄運命の水産物有効利用
竹パウダー魚粕ミックスの「竹若丸」
30リットル1500円(送料別途)


 

 ご支援は求めません。

 もし、みなさまの農業、園芸にお役に立てそうなら、ご注文下さい。


    
まだホームページ更新してませんが(H23.4.24時点)
爺さんの竹パウダー魚粕ミックスの「竹若丸」
注文受付開始します!

園芸や家庭菜園などの肥料としてお使い下さい。
※ モニター利用、値引き価格あり。
お問い合わせは、こちらのページの連絡先から
    


 

避難所でハーモニカ演奏 


 続きまして、田鴨です。

 いろいろと奥の深い先生ですが、今度はハーモニカ演奏会の話題です。

 日付は遡りますが、4月19日、20日と石巻市内の避難所で飛び入り開催しました。



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 演奏者は、先生が代表を務める大和町少年少女発明クラブの会員で、先生のお知り合いの方です。
 先生が、この発明クラブのご苦労会で、石巻市支援の話題を出したところ、それではと一肌ぬいでいただいたわけですね。

 支援と言ってしまえば、肩に力が入りすぎるのですが、いいですね、こんな感じで肩の力をぬく一時。

 心にゆとりを持つことが、大切な時期に来ているんだと気づかされます。

 

支援物資のお届け報告 

 今晩は、田鴨です。

 本日は「先生」と、いつも支援物資の提供に協力してもらってる「しょこら」さんと一緒に、石巻市へ支援物資をお届けしてきました。



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 本日のお届け分です。
 お届け場所は、石巻市内で生活物資全般を一般被災者に配布している「飛翔閣」さん。



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 衣料関係は充実しています。
 避難生活での買出しや荷物運びに使うためかバックやリック類は、すぐに捌けてしまうようです。
 靴類も需要が高いようです。
 しょこらさんが本日お届けした長靴は好評でした!



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 飛翔閣さんでは、寿司割烹の「竹の浦」もやってます。
 現在は、震災応援ランチが主体のようですが、みなさま石巻市を訪れる機会があったら、一度、竹の浦さんにお寄り下さい!



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 今回、わたくし田鴨は、始めて「飛翔閣」さんをご訪問したのですが、「先生」は既に、何回も「飛翔閣」さんに、皆様からの支援物資をお届けしています。

 飛翔閣を後にしたあと、車の中で、

 「先生は飛翔閣とどういうつながりなんですか?」
 
 そう尋ねると

 「石巻焼きそばつながりでね(笑)」

 「・・・」

 自宅に帰って、ネットど調べるみと、確かに・・・

 三陸河北新報社記事/茶色い焼きそば調理コンテスト

 知り合ってまだ半年くらいですが、先生はなかなか奥が深いのでありました。

 とりあえず、まだまだ復興は始まったばかりですが、


 ★★★ 石巻焼きそば ★★★



応援ください!


 

ライスフィールド、今年の育苗 

 こんにちは、ライスフィールドのマスターです。

 今年の苗床作業、始めてます。



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今年も二山耕起やってます。



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 今年で農薬を使わず10年以上、
 肥料を使わず8年目の田んぼ。



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 この田んぼの土を掘って、ふるいにかける。



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 ふるいにかけた土を育苗用の苗床土に使います。
 苗床の土は、専用の土を買ってくるのが普通ですが、
 今年は無肥料の田んぼの土を使ってみることにしました。



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 この土を袋に入れ、育苗作業小屋に運びます。



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 全部で、150袋を運ばねばなりません。
 毎日、こつこつ運んでます。



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続4・有志で石巻支援、始めました  




【2011.7.2 追記】

 ★こちらでの、支援活動は6月中旬で、一区切りいたしました。★
 ご協力いただきました皆様方、大変ありがとうございました。





 こんにちは、田鴨です。

 本ブログ有志(注1)で取り組むマイクロ支援の活動も、1ヶ月が経過しました。

 その間、石巻方面への物資搬送は10数回を数え、箱数で150箱程度になるかと思います。

 ここまで、活動を継続できたのは、協力いただいた皆様方の応援があってのことで、送付いただいた段ボール箱が重なる度に「延長々」と励まされ、活動を継続しています。繰り返しとなりますが、ご協力いただきした皆様方に対して、改めて感謝申し上げます。

 さて、被災地で必要な物資は場所により異なり、そして時間の経過により刻々と異なってくるわけですが、4月23日以降、今後の支援方針についてです。



【注】本ブログで提供の呼びかけ対象としていない物資について
 本ブログでは石巻市内の知人関係ルートを支援先とし、提供を呼びかける物資も特定の品目に絞っていますが、呼びかけしない物資についても、それを必要としている避難所等は多いと思います。
 そのような物資については、下記サイトで各種支援物資をマッチングしておりますので、こちらからも支援物資の送付先を検討いただけたらと思います。

ふんばろう東日本支援プロジェクト


※上記に紹介するサイトは、コメントから情報提供いただきました。(4月25日 追記)




【1】食料・衣類等の生活物資全般
 ※ 私たちの支援先で、これらの物資は充実してきたようです。
 ※ 現在のリクエストは給水用ポリタンク、蛇口つきがベストです。

 本ブログで支援対象としている所では生活物資が充実したきたようで、食料・衣類・下着類の提供の呼びかけは、そろそろ一段落といった状況です。
 このような生活物資以外では、給水用ポリタンクの提供呼びかけをいただいております。これは、被災地では店舗等が再開し始めているとは言え、特定の物資が品薄で手に入り難くなっており、特に被災地では、まだまだ断水しているところがあるためです。
 このため、生活物資としては、給水用ポリタンク(蛇口つきがベスト)と、もう一つ、ロウソクの提供のご協力を呼びかけたいと思います。
 可能な範囲、無理がない限りで、ご協力いただたけら幸いです。

【2】文房具等、教材支援にいて
 ※ 学校が始まり、現在必要な文具を再調査中です。
 ※ 支援対象は石巻市内にあり、知人が教職を努める高校です。 
 ※ 小学生用の教材も、支援の協力を呼びかけています。

◆高校用教材について
 被災して家を失った子供達の教材を支援するため、ネットワークがある地元高校(石巻北高校)に文房具等をお届けしてきました。この文具を避難所にいる学校の生徒にも仕分け作業を手伝ってもらいながら、150人分のバッグに詰めて、配布いただきました。
 この物資支援についは、知人の高校の先生さんのブログでも紹介してもらってます。
 
・田力ブログで集められた支援物資です
・支援いただいた文房具
・支援物資の文房具搬入

 学校が始まったので、現在、知人の高校の先生が不足している文具を再調査中です。
 その結果が出るまで、ひとまずの間、高校用文具の提供の呼びかけは、一時中断したいと思います。

◆小学校用教材について
 避難所で暮らす子供達も、新学期が始まったところが多いようですが、以下の文具が不足しているとの声が聞かれたので、提供のご協力を呼びかけたいと思います。

 ・はさみ、のり
 ・三角定規(45度のやつと、60度&30度のセットがベスト)
 ・コンパス
 ・クレヨンやHB、2Bの鉛筆

【追加項目】
 ・習字道具
 ・絵の具
 ・裁縫道具
 ※ これらは小中学生用の教材ですが、行政ルートの支援教材から漏れている場合が多いようなので、追記しました。(4月25日追記)




【3】地元の雇用支援について
 ※ 被災した爺さんが竹チップの生産を始めました。
 ※ 爺さんの竹チップ、もし必要ならご注文下さい。 

 今回の津浪で、生業の水産物加工場を失った爺さんが知人におります。爺さんは、当面の間、水産関係の仕事ではなく、石巻市にとどまりながら農業資材加工の製造(マルチ等に活用可能な竹チップ製造)に新しい糧をもとめていく考えで、この竹チップの生産も開始しました。

【参】被災地の産業復興!竹チップ、竹パウダー

 この竹チップ、園芸用の土壌改良資材やマルチ資材だけではなく、ペット用消臭剤や、トイレの防臭剤としての効果を発揮するようです。

 何に使えるか未知数で、マーケティング無用の生産開始となりましたが、とりあえず、農業用資材やペット用資材、衛生資材として「使えそうで」かつ「必要」を感じた方には、是非、爺さんの竹チップについてお問い合わせいただけたらと思います。
 実際使ってみて、「使えた」、「使えなかった」、「こうすればもっと良い」、「もう注文せん」などきたんのないご意見をいただけたら、それが爺さんの雇用再生に大きく貢献するはずです。


  爺さんの竹チップ、竹パウダーのご注文はこちらから




【廃棄予定水産物の有効利用について】
 日本有数の水揚げ量を誇る石巻漁港に接し、水産加工場がつらなる「魚町」は今回の震災・津波で大きな被害を受けました。そして冷凍施設が破損したため、そこに保存していた水産物を廃棄処分せねばならない状況になっています。
 この廃棄処分される水産物を有効利用するため、魚粕に竹パウダーを混ぜた(こうすれば臭いが半減し、魚粕の発酵も早くなるようです。)「竹パウダー魚粕ミックス」の肥料も通販を開始しました。こちらの肥料も併せご利用をご検討いただけたら幸いです。(4月5日 追記)




【4】支援物資の運搬方法

・宮城県大和町在住の「先生」宅に支援物資をご発送いただきます。
・郵送された物資をやはり大和町在住の「青年」のワゴン車で石巻市へ運搬

 というわけで、支援物資の提供にご協力いただける方は、下記「先生」宅まで、物資をご発送いただけたら幸いです。


◆支援物資のお届け先◆

 お届け先:〒 981-3600 宮城県黒川郡大和町吉岡字糸繰5-5
 宛名:NPO法人北上経営総合研究所 木伏良明
 連絡先:022-345-4119

 メール:木伏メール




【5】石巻市内の支援対応状況と課題

・石巻市内には数ヶ所の避難所があり、各種機関、行政等の対応により、それぞれの避難所に支援物資が届けられています。
・これに加え、石巻市にある専修大学内に「災害ボランティアセンター」が立ち上がり、地元内外の各種支援団体等が連携を取りながら、各種、支援活動に取りくんでいます。
・本ブログで紹介する有志では、このような行政やボランティアの動きも睨みながら、支援活動を継続しています。

【6】現在までの支援活動経過
 3月22日 有志で支援活動の実施を検討・現地調査
 3月23日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供
 3月27日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供
 3月29日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供、現地調査
 3月31日 孤立住宅に生活物資を、高校に文房具を運搬・提供
 4月 1日 孤立した集合住宅に生活物資を、高校に文房具を運搬・提供
 4月 2日 大崎市で物資支援活動している知り合いと支援物資をぶつぶつ交換
 4月 3日 孤立住宅に生活物資を、高校に文房具を運搬・提供
 4月 7日 高校に文具を、市内で物資配給活動をされている方に衣類等を提供
 4月 9日 高校に文具を、孤立住宅と避難所に下着類や文具を提供
 4月13日 高校に文具を、孤立住宅に生活物資を運搬・提供
 4月14日 高校に文具を、運搬・提供
 4月19日 市内で生活物資を配布している飛翔閣に生活物資を提供、避難所でハーモ二カ演奏 ※ ハーモニカ演奏は「先生」が代表を務める大和町少年少女発明クラブの協力で開催
 4月24日 飛翔閣に生活物資を運搬・提供

注1)支援に協力していただいている有志は、下記の方々です。
・全国から支援物資の提供をいただいている皆様方
・「先生」、石巻市内の大学で教鞭を執っていた元大学の先生のことで、震災まで石巻市内でいろいろと市民活動をされていました。こちらのリンクの先生です。
・「青年」、先生の教え子(たぶん)で、4月から石巻市内の別の学校で教鞭を執る予定です。
「田力本願の米」、農薬を使わない稲作農家で、米のネット販売でつながった消費者の方々から、たくさんの支援物資を紹介いただいております。
・「人と自然の仲立ち米(高校の先生)」、石巻市内の高校の先生で、やはり農薬を使わない稲作農家仲間です。
「田でん虫むしの米」、石巻市内の農家で、やはり農薬を使わない稲作農家仲間です。
・「ショコたん」、「センダイポテロザ」の著者で、仙台市内での市民活動から、多様な支援物資を紹介いただいております。

【参考】宮城県の位置関係

 3月11日の震災で、最も震度が大きかったのは、宮城県北部の栗原市であり、震度7を記録しています。一方、被害が甚大なのは、巨大津浪に襲われた沿岸部全域です。内陸でも、ある程度の被害は生じていますが、何より沿岸部への支援が急務になっています。

 本ブログの活動拠点は大和町で、沿岸部を迂回して仙台市からの支援物資を石巻市に届けるには、地の利を得た場所にあります。

宮城県図道路図(石巻支援)2


 

被災地の産業復興!竹チップ、竹パウダー 

 今晩は、田鴨です。

 石巻市への物資提供について、ご協力いただいております皆様に感謝申し上げます。

 震災から一ヶ月以上が経過しましたが、今回は石巻支援を行おうと思ったきっかけ「爺さん」の話題を紹介します。

 爺さんは、石巻市でも漁港にほど近い、魚町というところで水産加工業を営んでました。この加工場は津波の被災を受け、すっかり流されてしまったことは、以前の記事で紹介したところです。

 震災当日、爺さんは、この加工場で、従業員の人達と仕事していたのですが、幸いにして、爺さん以下、従業員の人達も皆無事でした。

 後で聞いたところでは、地震があって大津波警報が発令された後、加工場の後片づけ、戸締まり、そんなことは後回しにして、とにかく急いで高台に逃げたのが功を奏したようです。このあたり爺さんの判断は適切だったようですね。

 それで高台に逃げた後、寒さに体を震わせながら森の中で夜を明かし、陽が昇ってから高台を脱出したわけですが、瓦礫の海に道を塞がれ、水漬く遺体に歩を止められたことも少なからずあったそうですから、被災地にいた人達の経験は、そこににいなかった人間にとって想像の埒外にあったとしか言いようがありません。

 水産加工場を失った爺さんですが、津波後の加工場を見に行ったら、かろうじて津波に流されず、10t保冷車の下に埋まった竹パウダーの砕粉機があるのを見つけました。

千年に一度の津波に流されなかった。」

 そう思って、これからの生活を、この機械にかけてみようと考えたようです。

 震災から1ヶ月が経ち、爺さんが竹パウダーの生産を再開したとの話を聞いたのが1週間前。

 一体どうやって竹パウダーの機械を10t保冷車の下から掘り起こしたのか謎ですが(後で聞いておきますが)、とにもかくにも爺さんの竹パウダー、販売を始めました。



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震災前の撮影ですが、爺さんが製粉した竹パウダー



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こちらも震災前の写真ですが、竹パウダー製粉中の爺さんです。




 爺さんに限らず、海岸に近接した多くの工場が被災しました。

 今後、地元産業の復興が大きな課題となってくるはずですが、爺さんの竹パウダー、マイクロではありますが、未だ瓦礫が片づかない被災地からの、産業復興の一歩です。

どうぞ皆さん、被災地の産業復興と、

爺さんの竹パウダーを応援してください!



    
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マルチ資材としてお使い下さい。
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 ちなみに、この竹パウダー、水道下水の止まった被災地の便所(この際「トイレ」とは書きません。)に散布したら、見事に消臭効果を発揮したとのこと。自然素材の消臭材としても使えそうですね。

 

震災後、落ち着いてきました 

 こんにちは、ライスフィールドのマスターです。

 3月11日の震災・・・
 薪ストーブのあるライスフィールドは、ちょとしたシェルター「営業」してました。

ライフラインが断たれた生活でしたが、薪ストーブは暖房にも、煮炊きにも大活躍でした。



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避難生活を支え続けたストーブの灯火



 4月に入り、ガソリンの供給体制も落ち着き始め、少しずつ店を再開しましたが、4月7日の大型余震でまた休止。

 4月11日からは、定休日の火曜日、水曜日を除いて11:00~17:00頃まで、営業しています。



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 大変なことが多い震災ですが、花が咲いてきました。

 花が開花し始めれば、今年一年の運勢が見えてきそうになるので、不思議なもんです。





           
ライスフィールド
          



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続3・有志で石巻支援、始めました  




【2011.7.2 追記】

 ★こちらでの、支援活動は6月中旬で、一区切りいたしました。★
 ご協力いただきました皆様方、大変ありがとうございました。





★最新情報はこちらから★

 震災から1ヶ月が経過しました。

 本ブログ有志(注1)ではマイクロながらも、石巻市内の知人を中心としたネットワークにより、物資支援の活動を継続しています。
 おかげさまで、4月10日まで、累計で120箱程度の物資支援をいただき、随時、石巻市内の知人等に提供てしています。

 ご協力いただきした皆様方、たいへんありがとうございました!

 被災地で必要な物資は場所により異なり、そして時間の経過により刻々と異なってきます。

 で、4月11日以降、今後の支援方針についてです。

【1】食料・衣類等の生活物資全般
 ※ 老若男女の下着類提供の協力について。
 ※ 支援対象は、知人がお世話になっている避難所です。

 本ブログで支援対象としている所には食料を十分に届けることができましたので、さしあたり食料提供の呼びかけは中断させていただきます。現在、避難所や孤立住宅で不足しているのは、下着類です。
 これが必要とされるのは、十分な生活用水が確保されておらず、洗濯が出来ないことに原因にあります。

 避難所等には、何度か下着類をお届けしましたが「40代以上の婦人用の下着(実用的デザイン)がもっとあれば助かる。」とのリクエストいただきましたので、こちらもご配慮いただけたら幸いです。


以下、4月13日追記


 また避難所で使うためのスリッパ、避難所で物を運ぶための(車を失った人達がほとんど)リックサックのご要望もありましたので、こちらの提供もご協力いただけたら助かります。




【2】文房具等、教材支援にいて
 ※ 高校生用の教材の支援を呼びかけます。
 ※ 支援対象は石巻市内にあり、知人が教職を努める高校です。 
 ※ 小学生用の教材も、支援の協力を呼びかけることにしました。
 ※ 避難所で暮らす子供達に提供したいと思います。 

◆高校用教材について
 被災して家を失った子供達の教材を支援するため、ネットワークがある地元高校(石巻北高校)に文房具等をお届けしております。お届けした文具は、学校の生徒にも仕分け作業を手伝ってもらってます。
 
 希望する支援教材等は、こちらの記事をご覧ください。

◆小学校用教材について
 避難所で暮らす子供達も、そろそろ新学期を迎えようとしてますが、文具があると助かるとの声が聞かれたため、小学生用教材の支援も呼びかけます。

【3】地元の雇用支援について
 ※ 現在、竹チップの活用方法について研究中です。
 ※ 支援対象は石巻市内で水産加工業をしていた知人の爺さん。 

 今回の津浪で、生業の水産物加工場を失った爺さんが知人におります。爺さんは、当面の間、水産関係の仕事ではなく、石巻市にとどまりながら農業資材加工の分野(マルチ等に活用可能な竹チップ製造)に新しい糧をもとめていく考えです。

 で、爺さんから大変興味深い提案がありました。竹チップを農業資材だけではなく、衛生資材に使えないかと。具体的には避難所の仮設トイレの防臭剤としての利用です。

 津波で仕事を失った爺さんの新しい仕事として、そして避難所の衛生環境の改善にも、さらに自然素材の活用できる、これはグットアイデアだと感じたので、本格的にこの爺さんの取り組みを応援しようと思います。

 本ブロクをご覧になっている皆様方からも、この爺さんの新しい商売「竹チップ」の活用について、何か提案がありましたら「アイデア支援」メール下さい!

【4】支援物資の運搬方法

・宮城県大和町在住の「先生」宅に支援物資をご発送いただきます。
・郵送された物資をやはり大和町在住の「青年」のワゴン車で石巻市へ運搬

 というわけで、支援物資の提供にご協力いただける方は、下記「先生」宅まで、物資をご発送いただけたら幸いです。


◆支援物資のお届け先◆

 お届け先:〒 981-3600 宮城県黒川郡大和町吉岡字糸繰5-5
 宛名:NPO法人いしのまきNPOセンター 木伏良明
 連絡先:022-345-4119

 メール:木伏メール




【5】石巻市内の支援対応状況と課題

・石巻市内には数ヶ所の避難所があり、各種機関、行政等の対応により、それぞれの避難所に支援物資が届けられています。
・これに加え、石巻市にある専修大学内に「災害ボランティアセンター」が立ち上がり、地元内外の各種支援団体等が連携を取りながら、各種、支援活動に取りくんでいます。
・本ブログで紹介する有志では、このような行政やボランティアの動きも睨みながら、支援活動を継続しています。

【6】現在までの支援活動経過
 3月22日 有志で支援活動の実施を検討・現地調査
 3月23日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供
 3月27日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供
 3月29日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供、現地調査
 3月31日 孤立住宅に生活物資を、高校に文房具を運搬・提供
 4月 1日 孤立した集合住宅に生活物資を、高校に文房具を運搬・提供
 4月 2日 大崎市で物資支援活動している知り合いと支援物資をぶつぶつ交換
 4月 3日 孤立住宅に生活物資を、高校に文房具を運搬・提供
 4月 7日 高校に文具を、市内で物資配給活動をされている方に衣類等を提供
 4月 9日 高校に文具を、孤立住宅と避難所に下着類や文具を提供

注1)支援に協力していただいている有志は、下記の方々です。
・全国から支援物資の提供をいただいている皆様方
・「先生」、石巻市内の大学で教鞭を執っていた元大学の先生のことで、震災まで石巻市内でいろいろと市民活動をされていました。こちらのリンクの先生です。
・「青年」、先生の教え子(たぶん)で、4月から石巻市内の別の学校で教鞭を執る予定です。
「田力本願の米」、農薬を使わない稲作農家で、米のネット販売でつながった消費者の方々から、たくさんの支援物資を紹介いただいております。
・「人と自然の仲立ち米(高校の先生)」、石巻市内の高校の先生で、やはり農薬を使わない稲作農家仲間です。
「田でん虫むしの米」、石巻市内の農家で、やはり農薬を使わない稲作農家仲間です。
・「ショコたん」、「センダイポテロザ」の著者で、仙台市内での市民活動から、多様な支援物資を紹介いただいております。

【参考】宮城県の位置関係

 3月11日の震災で、最も震度が大きかったのは、宮城県北部の栗原市であり、震度7を記録しています。一方、被害が甚大なのは、巨大津浪に襲われた沿岸部全域です。内陸でも、ある程度の被害は生じていますが、何より沿岸部への支援が急務になっています。

 本ブログの活動拠点は大和町で、沿岸部を迂回して仙台市からの支援物資を石巻市に届けるには、地の利を得た場所にあります。

宮城県図道路図(石巻支援)2


 

避難所から、感謝の気持ちを伝えます 

 今晩は、田鴨です。
 本日の午後5時過ぎ、珍しく携帯に「非通知設定」の着信がありました。

 誰かと思ったら、孤立住宅の尋ね人さんからです。

 避難所の無料電話からの電話だったので「非通知設定」表示になったようです。

 以下、電話の内容

 「田鴨さん?」

 「・・・ああ、尋ね人さんですね。田鴨です。」

  元気が良すぎて押され気味の私でしたが、尋ね人さんから間髪いれず

 「どうも、いろいろ届けてくれてありがとう!」

 「・・・ああ、持ってたのは俺じゃないよ、持っていったのは「先生」と「青年」、俺は今回仲介役だけ。」

 「避難所のみんな喜んでたよ、下着類、あっという間に捌けちゃって。」

 みんなというのは、尋ね人さんがお世話になっている避難所の人達のこと。
 尋ね人さんの自宅は、かろうじて被災を逃れたものの、水道、電気、ガスなどライフラインから取れ残されています。たぶんあの状況だと、早くとも数ヶ月はライフラインから取り残されると思われます。
 そのため、日中以外は避難所暮らしが続いています。

 「それでね、ボールペンなんかの文具もあったでしょ。」

 「!?」

 継続して支援をお願いしている文房具は高校にお届けしていますが、仕分けが不十分だったためか、一部が間違って尋ね人さんのところに配分されたようです。そんな、悔恨の念を抱いていると。

 「文具ね、あっという間に、捌けちゃった。」

 尋ね人さんからの意外な報告に興味を持ったので、いろいろ聞いたみたところ。

 「そろそろ新学期始まるのに、子供達の文房具が無いでしょ。だからなの。」

 なるほど、そういうことかと合点しました。

 避難所にも子供達は多く生活し、小中高、それぞれに文具が必要となるはずです。

 「田鴨さんのこともちゃんと伝えておいたからね!」

 「・・・俺と言うより、全国から物資届けていただいている人達のおかげなんですがね。」

 「わかった、皆さんに「ありがとう!」って伝えてといてね!」

 「了解です。」

と言うわけで、避難所 → 尋ね人さん → 田鴨 → ブログ の伝言となりますが、


物資協力いただきました皆々さま、



避難所から感謝の気持ちを



お伝えします。



 ちなみに震災前までの尋ね人さんと私の関係ですが、微妙な緊張関係と言うか、若干の敵対関係というか・・少なくとも、積極的に連絡を取る間柄ではありませんでした。しかし、最近はこんな感じで、震災がつなぐ縁というものがあるもんだと感心しています。







 

不安と感謝(被災地からのお便り) 

 こんにちは、田鴨です。
 本ブログで支援した集合住宅の方から、お礼のメールをいただきましたので、以下にご紹介いたします。

×  ×  ×  ×  ×  ×  ×  ×



 この度は、いろいろと、お気遣いとお気持ちをいただきありがとうございました。

 お陰さまで、私の住まいのマンションの組合員も、ようやく『食生活』の上では、行政からの支援品を毎日受け取りに行くこともでき、落ち着きつつあります。

 行政からの支援品は、主にパン類やおにぎりですが、空腹を満たすことは十分であります。

 石巻の人々のいまの気持ちは、表面上は落ち着いたカンジはあますが、『不安』がいっぱいのようです。

 親戚や身内の他界や、会社からの解雇通知、、終わらないかたずけ作業と住まいの修繕、水没した車の代車の購入と、全般的に今後の生活の立て直し、などなど、食事はなかなか、スムーズに喉を通らないのではないか、と思います。

 しかしながら、皆さまからの御支援をいただき、『人のつながり』のありがたさを十分に身にしみ、感謝感謝の気持ちで、毎日を過ごすことができております。

 ライフラインは、ただ今、『電気・水道』は供給されました。
 『都市ガス』はまだ供給されておりません。

 私自身は、行水にて身を浄める日々をおくっております。

 『復旧』『復興』の言葉をよくききますが、亡くなられた方は、帰ってはきません。

 複雑な気持ちにさいなまれながら・・・

 4月7日 K.H.

×  ×  ×  ×  ×  ×  ×  ×



 上記で紹介したメールは「先生」宛の私信であるため、物資支援の協力いただいた皆様に伝えるべき事項のみ抜粋して転載しております。
 

また地震です 

 昨晩、寝床に入ってすぐに、また地震。当方所在地で震度6弱。この十年間、何度目の震度6体験か?さしあたり、私の所はほぼ被害無し。田力本願と仙台ポテロザさんからも、被害無しとの連絡。他の地域の無事を祈ります。

 再び停電・断水生活が始まりです。今回は始めて携帯からエントリーしました。
 

続2・有志で石巻支援、始めました  

★最新情報はこちらから★

 さて、4月3日以降の石巻支援の方針です。

 私たち本ブログの有志(注1)の取り組みは基本的にマイクロ活動ですが、石巻市に若干のネットワークがあるため、この特徴を活かしながら、今後とも被災した知人関係を中心に支援活動を展開していきます。

 只今、提供いただいた物資のリストを作成整理しておりますか、本日までに段ボール箱でおおよそ50箱程度の支援物資を提供いただました。

 ご協力いただきした皆様方、たいへんありがとうございました!

 で、今後の支援方針についてです。

【1】食料・衣類等の生活物資全般
 ※ 老若男女の下着類提供の協力について。
 ※ 支援対象は、知人がお世話になっている避難所です。

 本ブログで支援対象としている所には、食料、衣類等を十分に届けることができました。それでも家屋を失い、避難所生活を継続している方々の下着類は不足しているようです。

【2】文房具等、教材支援にいて
 ※ 高校生用の教材の支援を呼びかけます。
 ※ 支援対象は石巻市内にあり、知人が教職を努める高校です。 
 ※ 小学生用の教材についは、準備が整い次第、協力を呼びかけます。
 ※ 被災の大きかった石巻市内の小学校を支援対象に考えています。 

  被災して家を失った子供達の教材を支援するため、ネットワークがある地元高校に文房具等をお届けします。
 当面は、高校生用の教材等に支援物資を絞りますが、ネットワークが確立し、必要な支援教材が把握できた段階で、小学生用の教材についても支援を呼びかけたいと思います。

 希望する支援教材等は、こちらの記事をご覧ください。

【3】地元の雇用支援について
 ※ 現在、どのような支援を行うか検討段階です。
 ※ 支援対象は石巻市内で水産加工業をしていた知人の爺さん。 

 今回の津浪で、生業の水産物加工場を失った爺さんが知人におります。爺さんは、当面の間、水産関係の仕事ではなく、石巻市にとどまりながら農業資材加工の分野(マルチ等に活用可能な竹チップ製造)に新しい糧をもとめていく考えです。
 この新しい生業に必要な機械や資材の調達について、有志で情報提供するよう努めています。

【4】支援物資の運搬方法

・宮城県大和町在住の「先生」宅に支援物資をご発送いただきます。
・郵送された物資をやはり大和町在住の「青年」のワゴン車で石巻市へ運搬

 というわけで、支援物資の提供にご協力いただける方は、下記「先生」宅まで、物資をご発送いただけたら幸いです。


◆支援物資のお届け先◆

 お届け先:〒 981-3600 宮城県黒川郡大和町吉岡字糸繰5-5
 宛名:NPO法人いしのまきNPOセンター 木伏良明
 連絡先:022-345-4119

 メール:木伏メール




【5】石巻市内の支援対応状況と課題

・石巻市内には数ヶ所の避難所があり、各種機関、行政等の対応により、それぞれの避難所に支援物資が届けられています。
・これに加え、石巻市にある専修大学内に「災害ボランティアセンター」が立ち上がり、地元内外の各種支援団体等が連携を取りながら、各種、支援活動に取りくんでいます。
・本ブログで紹介する有志では、このような行政やボランティアの動きも睨みながら、支援活動を継続していきます。

【6】現在までの支援活動経過
 3月22日 有志で支援活動の実施を検討・現地調査
 3月23日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供
 3月27日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供
 3月29日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供、現地調査
 3月31日 孤立住宅に生活物資を、高校に文房具を運搬・提供
 4月 1日 孤立した集合住宅に生活物資を、高校に文房具を運搬・提供
 4月 3日 孤立住宅に生活物資を、高校に文房具を運搬・提供

注1)支援に協力していただいている有志は、下記の方々です。
・全国から支援物資の提供をいただいている皆様方
・「先生」、石巻市内の大学で教鞭を執っていた元大学の先生のことで、震災まで石巻市内でいろいろと市民活動をされていました。こちらのリンクの先生です。
・「青年」、先生の教え子(たぶん)で、4月から石巻市内の別の学校で教鞭を執る予定です。
「田力本願の米」、農薬を使わない稲作農家で、米のネット販売でつながった消費者の方々から、たくさんの支援物資を紹介いただいております。
・「人と自然の仲立ち米(高校の先生)」、石巻市内の高校の先生で、やはり農薬を使わない稲作農家仲間です。
「田でん虫むしの米」、石巻市内の農家で、やはり農薬を使わない稲作農家仲間です。
・「ショコたん」、「センダイポテロザ」の著者で、仙台市内での市民活動から、多様な支援物資を紹介いただいております。

【参考】宮城県の位置関係

 3月11日の震災で、最も震度が大きかったのは、宮城県北部の栗原市であり、震度7を記録しています。一方、被害が甚大なのは、巨大津浪に襲われた沿岸部全域です。内陸でも、ある程度の被害は生じていますが、何より沿岸部への支援が急務になっています。

 本ブログの活動拠点は大和町で、沿岸部を迂回して仙台市からの支援物資を石巻市に届けるには、地の利を得た場所にあります。

宮城県図道路図(石巻支援)2


 
カテゴリ : 稲作
2011-04-04(Mon) | コメント : 13 | トラックバック : 0

4月3日 被災地支援 

 まとめてブログ日記、ようやく4月3日までたどり着きました。

 さて、4月3日は、「先生」と「田鴨」とで、石巻に向かいました。

 最初に石巻市の高校の先生宅におじゃまして文房具などをお届けしました。
 この高校の先生とも、いろいろ支援活動について相談しましたが、今後の方針としては、長期的な視点に立って、高校生用の文房具や靴、鞄などの提供を呼びかけることで一致しました。

 その後、石巻市門脇の「尋ね人」さん宅におじゃまして、食料品や下着などをお届けし、また、いろいろと近況を聞いてきました。
 この門脇の被災地には、綿のような、時には布団のような固まりの飛散物が目に付くのですが、よくよく見たら紙の束。石巻市にある日本製紙が津波の被害を受け、そこから流出した物のようです。



P4030092.jpg




 最近、ようやく宮城県内でも再開するコンビニが多くなってきましたが、不思議と雑誌の入荷がありません。私は毎週、週刊文春か週刊新潮を購読して世間一般の情報を収集しておりますが、3月11日以降、これら雑誌が手に入りません。

 もしかしらた、製紙工場が被害を受け、紙不足となっているのが、雑誌が手に入らなくなっている理由の一つかもしれません。

 さて、「訪ね人」さん宅を訪問した後、今度は石巻市でも旧河南町で無農薬水田に取り組んでいる「でんでん田んぼ農園」を訪問して情報交換しました。こちらの農園でも各種支援物資を被災地にお届けしております。
 情報交換した結果、石巻市の市街地では、おおよそ支援物資は行き渡っているようであること。日々、被災地の状況は変化しています。
 ところで、「でんでん田んぼ農園」さんを訪問し、奥さんの言葉が心に残りました。

「自分のところは、電気も水道も復旧した。とりあえず当たり前の生活が戻ったけど、被災地では電気や水道どころか家も家族も失った人が多い。」

「こんな当たり前の生活が過ごせて、申し訳ない気持ちがあるし、被災地の人のために何か力になれればと思う。」

「だけど個人の力は限られる。それが歯がゆい。」

 私は言葉にはしませんでしたが、同じ気持ちがあります。
 たぶん、いろいろと物資支援を協力してくださる皆様方にも同じ気持ちがあるのだろうと感じています。

 直接な被害が無くとも、それぞれにいろんな物が流された、今回の災害です。

 しかし、流された結果として、新しく芽生えきたものもあるように感じます。

 せめて、その新しい芽生えを大切に育てていけたらと願っています。
 

4月2日 支援物資配送記録 (ぶつぶつ交換) 

 今晩は、田鴨です。まとめ書きのブログで失礼します。

 今度は4月2日の記録です。

 この日は午後から「先生」と一緒に、お届けいただいた物資の配送伝票を整理し、今後の被災地への物資配送計画について相談しました。
 また、大崎市の古川で被災地への物資配送支援をしている知人宅にも行き、各種情報交換もしてきました。

 この知り合いは地球交響曲の上映会活動で知り合った仲間で、日頃の活動でつながったネットワークがこんなところで活きてきます。

 この知人とは、それそれが支援対象としている被災者への必要な物資が集められるよう、お互いに集めた支援物資をぶつぶつ交換させていただきました。

 と言うことで、本ブログに提供いただいた支援物資のうち、トイレットペーパーと衣類関係については、この知人に提供いたしました。

 これについて、物資を提供いただいた協力者の皆様にはご了承いただけたらと思いますし、知人に提供した物資は唐桑方面など、被災地への支援に有効活用されるものと確信しています。

 一方で、知人からぶつぶつ交換で提供いただいたのは、文房具類です。

 こちらは、石巻の高校の先生に提供する予定です。

 

4月1日 支援物資配送記録  

 今晩は、田鴨です。
 続きまして、「先生」から4月1日の活動報告です。
 
【ガソリン状況】
 3月31日は高速で給油しようと思い、東北自動車道の鶴巣パーキングエリアに給油に行きました。大和ICから泉ICまでの高速料金支払いながらの給油となりましたが、2千円MAXの13リットルだけの給油でがっかり。これにめげす、今度は泉ICから大和ICに向かい、下り路線で給油。今度は、満タンまで入れてもらえました。
 下り路線のパーキングエリアで満タンまで入れられるなら、最初から泉ICに乗って給油すればよかったのですがね・・・情報が少ないとこんな苦労もします。

【支援物資の配送】
 4月1日は、石巻北高-避難所ルートで物資を配送する予定でしたが、仲間の高校の先生から「配給が不足する集合住宅あり」との連絡があったので、急遽、配送先を変更しました。
 仲間の先生とその集合住宅にかけつけたところ、やはり一階まで浸水していたとのことで、住人が畳を外に出したり、泥の始末をしていました。
 この集合住宅には、長野から届いたパン200個を提供しました。住宅の皆さんには大変喜んでいただいたようです。

 ★仲間の先生のブログにも紹介してもらいました

 ここで聞いた情報によると、市内では食の確保が行き届きつつあるが、牡鹿半島では取り残されている人が多いとのこと、気がかりなところです。

<追記:田鴨より>
 4月1日、私の車もエンプティー間近となり、通勤用ガソリンが不安になりました。
 そこで、近所のスタンドに行き、前日から車を並べて4月1日朝には満タンまで給油してもらいました。
 4月1日には、宮城県内各地のガソリンスタンドも通常営業しているところが多くなり、ガソリンパニックも収まりつつあります。
 

3月31日 支援物資配送記録 

 今晩は、田鴨です。

 日付はさかのぼりますが「先生」から、3月31日の活動記録報メールがありましたので、紹介します。

 9:30
 先生の奥方車で「青年」を乗せ、宮城県大和町を出発

11:00
 石巻北高校に到着、ボールペン等の文房具を仲間の先生に引き渡し。

11:30
 石巻専修大学で復興支援に参加しているボランティアの一人から、石巻市内のNPOとボランテアの活動状況をお聞きしました。
 専修大学でのボランティア活動団体は地元石巻勢に比べ、県外勢が多数のようです。この日、主力部隊は、市内に分散してグループ別に活動中とのことでした。

12:30
 昼食は、コンビニ買った中華飯。昼食後、大街道から門脇を通って津波の被害を免れた三軒のうちの一軒「尋ね人」さん宅へ向かう。
 途中、瓦礫の山、根こそぎ倒された家の柱や無残につぶされた車の山。初めてこの惨状を見る「青年」が思わず悲鳴をあげる。

「尋ね人」さん宅を訪れたら、別の地区で床上浸水にあった娘さん親子が避難していました。早速、支援物資と米10キロを提供しました。また、避難所向け物資の配分もお願いしています。

 知り合いの団体代表さんから「商店街の泥除去、流木撤去作業にボランテアをお願いできないか?」との電話あり。早速「災害ボランテアセンター」さんに連絡するも、ボランテアも人手不足で順番待ちの状態とのこと。
 その後、竹チップの「爺さん」宅に行き、支援物資を1個提供。

18:00
 大和町に帰宅しました。

 
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 農薬を使わないお米、肥料を使わないお米を宮城県から全国に発送します。

B_kumattkofarm.gif

仙台市秋保から無農薬野菜をお届けします。

【2012年産の新米 出荷開始】

B_fureaiS.gif

 いにしえの品種、その野性味が自然栽培でよみがえります。
宮城県色麻町から

【2012年産の新米 出荷開始】

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 自然栽培のササニシキを天日干しにしてみました!おてんとの味わいをお楽しみください。
宮城県色麻町から

【2012年産の新米 出荷開始】

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 でんでんむしむしカタツムリ、自然栽培の六次産業を目指します!
宮城県石巻市和渕から

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