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続・有志で石巻支援、始めました 




【2011.7.2 追記】

 ★こちらでの、支援活動は6月中旬で、一区切りいたしました。★
 ご協力いただきました皆様方、大変ありがとうございました。





★最新情報はこちらから★

さて、3月29日の現地調査から考えた、今後の石巻支援の方針です。

 3月29日 被災地支援報告(その1:集合住宅)
 3月29日 被災地支援報告(その2:地元産業)
 3月29日 被災地支援報告(その3:教育資材) 
 3月29日 被災地支援報告(その4:避難所など)
 3月29日 被災地支援報告(その5:孤立住宅)
 3月29日 被災地支援報告(その6:ボランティアセンター) 

 私たち本ブログの有志(注1)の取り組みは基本的にマイクロ活動ですが、石巻市に若干のネットワークがあるため、この特徴を活かしながら、今後とも被災した知人関係を中心に支援活動を展開していきます。

 で、具体的な今後の支援方針です。

【1】食料・衣類等の生活物資全般
 ※ 継続して、食料品の提供を呼びかけます。
 ※ 支援対象は、知人の孤立住宅を中心に行います。

 避難所等の食料や衣類など生活物資全般については、組織力のあるボランティアや行政の支援が、充実してくるようになりました。また市内でも比較的被害の少ないところでは電気、水道が回復し、食料品店等も、ちょっとずつ開店を始めています。
 一方で、未だライフラインから孤立した住宅があり、こちらは今後とも生活物資の支援が必要な状況です。
 このため、生活物資支援についは対象を食料品に絞り、ネットワークがあるこちらの孤立住宅にお届けすることで継続します。

【2】文房具等、教材支援にいて
 ※ 高校生用の教材の支援を呼びかけます。
 ※ 支援対象は石巻市内にあり、知人が教職を努める高校です。 
 ※ 小学生用の教材についは、準備が整い次第、協力を呼びかけます。
 ※ 被災の大きかった石巻市内の小学校を支援対象に考えています。 

  被災して家を失った子供達の教材を支援するため、ネットワークがある地元高校に文房具等をお届けします。
 当面は、高校生用の教材等に支援物資を絞りますが、ネットワークが確立し、必要な支援教材が把握できた段階で、小学生用の教材についても支援を呼びかけてたいと思います。

 希望する支援教材等は、こちらの記事をご覧ください。

【3】地元の雇用支援について
 ※ 現在、どのような支援を行うか検討段階です。
 ※ 支援対象は石巻市内で水産加工業をしていた知人の爺さん。 

 今回の津浪で、生業の水産物加工場を失った爺さんが知人におります。爺さんは、当面の間、水産関係の仕事ではなく、石巻市にとどまりながら農業資材加工の分野(マルチ等に活用可能な竹チップ製造)に新しい糧をもとめていく考えです。
 この新しい生業に必要な機械や資材の調達について、有志で情報提供するよう努めています。

【4】支援物資の運搬方法

・宮城県大和町在住の「先生」宅に支援物資をご発送いただきます。
・郵送された物資をやはり大和町在住の「青年」のワゴン車で石巻市へ運搬

 というわけで、支援物資の提供にご協力いただける方は、下記「先生」宅まで、物資をご発送いただけたら幸いです。


◆支援物資のお届け先◆

 お届け先:〒 981-3600 宮城県黒川郡大和町吉岡字糸繰5-5
 宛名:NPO法人いしのまきNPOセンター 木伏良明
 連絡先:022-345-4119

 メール:木伏メール




【5】石巻市内の支援対応状況と課題

・石巻市内には数ヶ所の避難所があり、各種機関、行政等の対応により、それぞれの避難所に支援物資が届けられています。
・これに加え、石巻市にある専修大学内に「災害ボランティアセンター」が立ち上がり、地元内外の各種支援団体等が連携を取りながら、各種、支援活動に取りくんでいます。
・本ブログで紹介する有志では、このような行政やボランティアの動きも睨みながら、支援活動を継続していきます。

【6】現在までの支援活動経過
 3月22日 有志で支援活動の実施を検討・現地調査
 3月23日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供
 3月27日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供
 3月29日 孤立した集合住宅に生活物資を運搬・提供、現地調査

注1)支援に協力していただいている有志は、下記の方々です。
・全国から支援物資の提供をいただいている皆様方
・「先生」、石巻市内の大学で教鞭を執っていた元大学の先生のことで、震災まで石巻市内でいろいろと市民活動をされていました。こちらのリンクの先生です。
・「青年」、先生の教え子(たぶん)で、4月から石巻市内の別の学校で教鞭を執る予定です。
「田力本願の米」、農薬を使わない稲作農家で、米のネット販売でつながった消費者の方々から、たくさんの支援物資を紹介いただいております。
・「人と自然の仲立ち米(高校の先生)」、石巻市内の高校の先生で、やはり農薬を使わない稲作農家仲間です。
「田でん虫むしの米」、石巻市内の農家で、やはり農薬を使わない稲作農家仲間です。
・「ショコたん」、「センダイポテロザ」の著者で、仙台市内での市民活動から、多様な支援物資を紹介いただいております。

【参考】宮城県の位置関係

 3月11日の震災で、最も震度が大きかったのは、宮城県北部の栗原市であり、震度7を記録しています。一方、被害が甚大なのは、巨大津浪に襲われた沿岸部全域です。内陸でも、ある程度の被害は生じていますが、何より沿岸部への支援が急務になっています。

 本ブログの活動拠点は大和町で、沿岸部を迂回して仙台市からの支援物資を石巻市に届けるには、地の利を得た場所にあります。

宮城県図道路図(石巻支援)2


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被災地支援報告(その6:ボランティアセンター) 

 3月29日の被災地支援報告について最後の記事となりますが、本ブログ有志の役割を確認できたらと考え、石巻市災害ボランティアセンターの連絡会議にも参加させていただきました。

 現在、ボランティアセンターには県内外、国外からもたくさんの方々が訪れ、復興の支援活動をされています。



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3月29日 19:00、ボランティアセンターの駐車場に野営するボランティア参加者の車の列。


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 3月29日、ボランティア連絡会議のホワイトボートに書かれた連絡事項



 ボランティアセンターの連絡会議には、ざっと見た感じで100名程度の支援団体担当者が集まり、地域の現況調査や家屋に侵入したヘドロの撤去作業、医療支援、炊き出し支援、足湯支援などの様々活動が企画・協議され、活動に係る連絡事項なども情報共有されてます。
 
 組織だって、しかも迅速な活動や運営が行われようで、さすがだと感心いたしました。


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 3月27日、石巻駅付近の公園で見かけた炊き出し支援


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 3月29日、明かりが灯り始めた石巻市街の夜景



 現在の石巻市内の様子を、私個人の勝手な感想で延べれば、主立った避難所にはたくさんの支援物資が届いており、本ブログで少しだけ支援させていただいた集合住宅のように、市内でも水道や電気が回復したところが多くなってきました。

 その一方で、孤立した住宅は少なからずあり、こちらのほうは、まだまだ生活物資の支援が必要だと感じました。

 そして支援体制も行政は太いパイプから、ボランティアは細やかな部分でと、少なくとも私の目から見る限り、それぞれの役割分担は良く保たれるように感じます。

 その中で、私たちのブログ有志の支援チームの特徴を述べれば、マイクロではありますが被災地に近く、いくつか地元にもネットワークを持っている。この特徴を活かし、今後の支援活動を行えたらと感じています。

 特に、今回の災害は、日本史上千年に一度のと言ってよいほどの規模であり、前回は平安時代の貞観津波までさかのぼります。

 これだけ大きな災害になるわけで、その復興にも超長期的な取り組みが必要となります。このような長期的な取り組みを継続するには、被災地に近く地元にネットワークがあるのは強みであり、そのような視点から今後の支援方法を考えていけたらと思います。
 
 ということで、具体的な支援活動については次のページで紹介します。



 

被災地支援報告(その5:孤立住宅) 


 前の記事に書いた尋ね人さんですが、この尋ね人さんは、石巻市でも甚大な被害を受けた門脇に家がありましたが、辛うじて津浪の被害を逃れました。
 
 津浪があった夜、何人もの被災者が海水と油にまみれながら、尋ね人さんの家にたどり着き、難を逃れたそうです。そして数日間、この家で十数人が避難生活を送っていましたが、生活物資が欠乏したため、市立女子高校に避難の場所を移しました。



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 門脇地域の惨状、自衛隊が瓦礫を撤去し、かろうじての車道が確保されています。
 瓦礫撤去中、この車道のどこかから、子供を抱いたままの母子が遺体で発見されたとのこと。
 先日も人の声がするとの通報があり、緊急の捜索活動が行われましたが、生存者を発見できないまま捜索は終わっています。


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 尋ね人さんの仮設炊事場。
 朝晩は、避難所で食事をとりますが、日中は家に戻り、仮設炊事場で昼食を準備しながら、家の中の整理や洗濯をして過ごしているようです。


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 日和山公園から眺める3月29日夕方の門脇です。

 

被災地支援報告(その4:避難所など) 

 今度は、石巻市でも被災の大きい、渡波方面の被災状況です。
 


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 残念ながら、私のところの支援チームには、渡浜方面を支援するための人的ネットワークが無いのですが、石巻市でも避難者が多く、そして多くの家屋が倒壊したのが、この地域です。

 それだけに、多くの支援が望まれる地域だと思います。

 現在、渡浜地域では各県警の支援による行方不明者の捜索と、自衛隊による瓦礫撤去と車道確保が行われています。


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 今度は、渡浜方面ではなく、甚大な被災を受けた門脇地域背の高台に立地する市立女子高校です。現在、この高校では150名ほどが避難生活を送っています。
 3月29日に訪問した際には、遠方から援助にかけつけた移動屋台が、無料でクレープやイカポッポを提供していました。あたたかく、美味しい支援活動です。


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 私たちの支援チームは、マスク千枚をいただいておりましたので、こちらの避難所に提供させていただきました。

 この避難所には「先生」の尋ね人が避難していたので訪問したのですが、後で聞いたら、尋ね人は避難生活で携帯を壊してしまったとのこと。このため、しばらく連絡が取れませんでしたが、当日は無事にコンタクトできました。

 

被災地支援報告(その3:教育資材) 

 続きまして、今後は学校支援です。

 石巻市内の学校には家を失った子供達が多くいます。その結果として、教育資材が不足していました。
 このような状況で、我々有志は何ができるのか?

 「場合によってはいつでも農薬をぶっかけてやる・・・まだかけていない、since 平成15年 田力ブログ 」の農家仲間には、石巻市内の高校の先生がおります。3月29日は、この高校の先生とも打ち合わせしました。

 打ち合わせの結果、今後の支援方針は以下のとおり。

【高校生用の支援物資】
 ※ 随時、支援を呼びかけます。


 さしあたり、仲間の高校先生の学校を支援ターゲットとし、下記教育資材の提供の協力を呼びかけたいと思います。

・シャーペン
・ボールペン(三色ペンや赤ペンが望まれる)
・大学ノート
・ルーズリーフ
・高校生用バックやリックサック

 これ以外にも通学用の傘や自転車なども必要になると判断しました。これらは放置品としてJRや行政などで保管しているだろうと物色し、仲間のネットワークの人脈を頼みながら、提供が受けられないものか、これら機関に打診していきたいと思います。

【小学生用の支援物資】
 ※ 体制が整ったら、支援を呼びかけたいと思います。


 地元小学校とのネットワークが確立し、さらに支援が必要な教育資材の見込みがたったら、こちらも提供協力を呼びかけたいと思います。
 

被災地支援報告(その2:地元産業) 

続きまして、被災地支援報告です。

石巻市でも、漁港に接する魚町付近の被害状況です。



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 どっからか大型タンクが流れ着き、防波堤にひっかかってました。



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 魚町には水産物の加工場が多いのですが、加工場の内部は惨憺たる状況です。



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 流れ着いた台船が、道路をふさいでいました。



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 こちらは、知り合いの爺さんの加工場。
 写真手前の駐車場みたいに見える場所に、爺さんの加工場があったのですが、ものの見事に流されてしまいました。建屋や内部資材はどっかに消えてしまい、その代わり、船が逆さになって放置されています。



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 10トン冷凍車のブリッジ、どうすればこんなになるのか・・・
 ただただ、津浪の恐ろしさを実感するほかありません。

 が、あきれてばかりもいられません。このような惨状のどっかに、爺さんの大切な機材が埋まっています。これを掘り出さねば・・・

 漁業の街石巻市、その漁業が、存亡の危機にあります・・・
 

被災地支援報告(その1:集合住宅) 

こんにちは、田鴨です。
3月29日、「先生」と一緒に、石巻市へ支援物資をお届けしましたのでご報告いたします。



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 写真で紹介した以外にも、たくさんの支援物資を提供いただいております。
 ご協力いただいた皆様方、ありがとうございました!



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 こちらの写真は、支援した集合住宅の近隣の道路。
 この住宅付近は家屋倒壊が少ない地域ですが、津浪の浸水で路上にヘドロが堆積し、瓦礫が散乱していました。 その後、清掃や瓦礫撤去が行われ、日々震災前の街の姿に戻っています。



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 こちらは、支援させていただいた集合住宅の外観です。
 手前に写っているのが、「先生」の奥方の車、リッター17km走ります。この車で、段ボール7箱ほどの物資を運搬しました。
 車の後ろでは「先生」と集合住宅の住人が挨拶を交わしています。

 この集合住宅には70~80人程度の住人が生活し、物資支援ルートから取り残されていましたが、ようやく水道と電気が復旧し、また食料品を販売するスーパー等もチラホラ開店してきました。さしあたり日々の生活ラインは確保されてきたようです。


 

ゴミ袋、文房具も支援が必要です。 

いたってマイクロな活動ですが、本ブログ有志の石巻支援、続いています。

 本日の活動は、さしあたり、自家用車のガソリン給油  (^^;

 朝6時頃から、ガソリンスタンドの列に並び、先生と青年は、10時頃までに、それぞれ3千円分(18L)のガソリン給油に成功!
 私は賭に出て別のガソリンスタンドに並んだ結果、12時過までかかって、2千円分(12L)のガソリン給油に成功!相変わらず厳しいガソリン事情です。

 さて、「先生」はガソリン給油後、早速、支援対象の石巻市の「集合住宅」に行き、現地調査をして、さらに支援物資をお届けしております。
 私のほうでも独自にいくつか現地情報をいただき、この中でなるほどと思った支援物資がありましたので、以下に紹介してみます。

※ 現在必要とされる支援物資は前記事で紹介しておりますが、これ以外にも下記のような物資が必要です。

◆必要な支援物資1「文房具」

 今回の災害で家屋被災を受けた結果、学校で必要な文房具を喪失した子供達が多くいます。そのため、ノート、ペンシル、ボールペンといった支援物資が必要となっています。

◆必要な支援物資2「ゴミ袋」

 甚大な被害を受けた石巻市ですが、復興への努力が始まっております。現段階では、津浪で散乱した瓦礫ゴミの処分が課題とのことですが、これを収集するゴミ袋が不足しています。
 市に確認したところ、この際、市の指定ゴミ袋にはこだわらないとのことであり、このため他市町村のゴミ袋で結構ですから、大きめのゴミ袋の提供をお願できたらと思いました。

 というわけで、ご協力いただけたる方は、こちらのページに掲載されている住所まで、支援いただければ幸いです。
 

有志で石巻支援、始めました 




【2011.7.2 追記】

 ★こちらでの、支援活動は6月中旬で、一区切りいたしました。★
 ご協力いただきました皆様方、大変ありがとうございました。





★最新情報はこちらから★

 こんにちは、田鴨です。3月11日震災被害の支援活動ですが、何人かの有志が集い、少しずつ、支援活動を始めました。内容は石巻市内で孤立した集合住宅に生活物資を運搬する支援です。
 本ブログをご覧になっている方々にも協力を呼びかけたいので、下記の支援の取り組み内容を紹介します。

【1】具体的方法

①宮城県大和町在住の「先生」(注1)宅に支援物資をご発送いただきます。
②郵送された物資をやはり大和町在住の「青年」(注2)のワゴン車で石巻市へ運搬
③運搬する物資は、石巻市内で支援に取り残されている「集合住宅」(注3)に提供します。

 というわけで、支援物資の提供にご協力いただける方は、下記「先生」宅まで、物資をご発送いただけたら幸いです。


◆支援物資のお届け先◆

 お届け先:〒 981-3600 宮城県黒川郡大和町吉岡字糸繰5-5
 宛名:NPO法人いしのまきNPOセンター 木伏良明
 連絡先:022-345-4119

 メール:木伏メール



【2】支援してほしい物資

・孤立している「集合住宅」では、パン、モチ、カップラーメンなど簡易に調理できる食料やカセットコンロのガスボンベなど、簡易調理に必要な資材などの支援が望まれています。
・それ以外の物資についても、以下に紹介する「災害支援NGO連絡会議」に提供するなどして、支援物資が有効に活用されるよう調整します。

※避難者に必要とされる物資は、避難者それぞれの環境により、あるいは日時の経過とともに異なってきます。
※現在、石巻市の状況は、被害の大きい地域を除き、幹線的道路はかろうじて通行可能です。ただし、営業している店舗はほとんどなく、被災を受けてから2週間を経過したため、生活物資全般に不足をきたしています。

【3】石巻市内の支援対応状況と課題

・石巻市内には数ヶ所の避難所があり、各種機関、行政等の対応により、それぞれの避難所に支援物資が届けられています。
・これに加え、石巻市にある専修大学内に「災害支援NGO連絡会議」が立ち上がり、地元内外の各種支援団体等が連携を取りながら、災害支援を準備しています。
・本ブログで紹介する有志では、このNGO連絡会議からも情報提供を受けながら、効果的な物資支援が行えるよう取り組みたいと考えています。

【4】第一回目の物資支援
 3月17日、個人的に、いろいろお世話になっている、「センダイポデロサ日記」さんのご紹介を受け、支倉学園さんから支援を物資をいただきました(支倉学園さん、どうありがとうございます!)。
 早速、「先生」と「青年」とで支援物資を「集合住宅」にお届けしております。

 また加工場が津浪で流された竹チップの爺さんには、個人的にタバコ2箱を「先生」に託し支援したのですが、爺さん、禁煙中だったようで(^^;

 それでも、爺さん、喜んでくれたみたいです・・・・

注1)「先生」は、石巻市内の大学で教鞭を執っていた元大学の先生のことで、震災まで石巻市内でいろいろと市民活動をされていました。こちらのリンクの先生です。
注2)「青年」とは、先生の教え子(たぶん)で、4月から石巻市内の別の学校で教鞭を執る予定です。
注3)「集合住宅」は、石巻市東中里にあるマンションで、支援物資のルートから取り残されたまま80名ほどが生活しています。
注4)「先生」と本ブログ著書の田鴨は「竹チップ」プロジェクトつながりです。

【参考】宮城県の位置関係

 3月11日の震災で、最も震度が大きかったのは、宮城県北部の栗原市であり、震度7を記録しています。一方、被害が甚大なのは、巨大津浪に襲われた沿岸部全域です。内陸でも、ある程度の被害は生じていますが、何より沿岸部への支援が急務になっています。

 本ブログの活動拠点は大和町で、沿岸部を迂回して仙台市からの支援物資を石巻市に届けるには、地の利を得た場所にあります。

宮城県図道路図(石巻支援)2


 

被災地の状況と支援課題 

【本日のスケジュール】
 5:00 「先生」と一緒に、燃費の良い先生の奥方の車に乗って、大和町を出発
 6:00 石巻途上の某町にて、事前に情報を得ていたガソリンスタンドで給油の列にならぶ。
 9:20 ガソリン20L給油
10:00 石巻専修大学到着、災害ボランティアセンターから災害支援の取り組みのお話しを聞く
12:30 石巻市内避難所にて尋ね人を探す。面会は出来なかったが無事を確認。
13:30 被災を受けた知人宅を訪問、被災時の状況を教えてもらい、今後の展望などについて意見交換



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専修大学避難所にて




【災害支援の課題】
 避難所には支援物資が届けられているが、避難所に入れず、電気、ガス、電話、水道が断たれ、孤立した状態のままの住民が多い。
 こういった住人の所在や実態は、あまり把握されておらず、支援物資からも断たれている場合が多いようである。
 このような孤立住民に不足しているのは生活物資全般となるし、その内容も、それぞれの避難実態により異なる。さしあたり、被災した孤立住民の知人から求めがあったのは、コンロのカセットボンベ、ストーブの灯油、乾電池、モチ、レトルト食品等、いずれも停電での生活をしのぐための資材や、水が無くとも調理できる食品などである。



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石巻市中央付近の商店街付近の被災状況




【支援物資輸送の課題】
 孤立住人への支援を中心に考えた場合、まずもって、どこでどのように、彼らが所在しているか把握する必要がある。
 石巻専修大学には、災害支援NGO連絡会議が立ち上がり、孤立住民への支援についても活躍が期待される。このような孤立住民の所在等を確認するためには、地元に密着したNPO団体の参画が期待されるが、そういったNPOの構成員の多くは被災者でもあり、自分の生活を維持するのが精一杯の状態である。

 支援物資の輸送については、宅配便が復旧しつつあるものの、現状では宅配便の営業所までの配送までで留まっている。このため、宅配営業所から支援拠点(災害支援NGO連絡会議等)までの輸送、支援拠点から孤立住人への輸送は、独力で行わねばならない。しかし、これに要するガソリンが確保できないのがネックとなる。



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石巻市門脇町4丁目付近の被災状況




【当方での支援状況】
 私のところからの支援活動ですが、いくつかのネットワークから支援物資の援助協力をご提案いただいておりました(感謝いたします。)。しかしながら、これをどのように石巻市の孤立住民に届ければ良いのか、現在のところ適当な方法が見あたりません。
 このため、今回、ガソリンをゲットし、そして石巻市の市民団体等にネットワークがあり、さらに何かと石巻に用事のある「先生」が石巻に行く際に支援物資を託し、孤立住民等にお届けすることにしました。ただし、自家用車での運搬となるので、限られた量の輸送にはなります。




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門脇小学校


 

命さえあれば次に進める 


 今晩は、本ブログの著者、田鴨正路(ペンネームですが)です。

 昨年からですが、石巻市でも港にほど近い場所で、水産加工場を営んでいる爺さんと知り合いとなり、このようなプロジェクトを手伝わせてもらってました。

 このプロジェクトの震災後を紹介します。

3月11日 14:46 曇り 
 宮城県内陸部を車で運転中、緊急地震速報を携帯で受信、直後に強く長い揺れが始まる。揺れが収まり、車に戻るとラジオから津波警報が流れた。
 震災直後は通じなかった携帯が15:30頃から通じ始め、何人かから安否確認メールが届く。
 ※その後の情報では、巨大津波は15:30~16:00頃にかけて到達した模様。今回津波の少なからずの犠牲者が、この15:30~40の時間帯に最後の携帯通話やメールを行っている。

3月11日 夜
 全戸停電、震災情報が得られない状態がしばらく続くが、非常電源を確保し、テレビ、インターネットから情報が得られた。主としてネットの2chで災害情報を取得したが、ガセネタさえ仕分けできれば2chは迅速で幅広い情報が得られるから便利である。
 各種情報から、岩手県沿岸部で甚大な被害が生じていることがわかってきた。しかし、不思議と宮城県沿岸部の情報が少ない。被害が少ないから情報が少ないのか、それとも大き過ぎて情報が得られないのか、どっちなのか?2chを表示するブラウザを何度も更新しながら最新情報を確認する。ようやく、22時頃から宮城県沿岸部の情報が判明してきた。
 
 ・気仙沼が火の海!
 ・志津川は?
 ・石巻では羽黒山、大街道まで水没!
 ・東松島は自衛隊基地が水没!
 ・仙台市荒浜で多数の遺体確認!!!
 ・仙台空港水没!

 想像を絶した信じられない事態が起こっているようだ。

 日の出を迎え、各地の被害が具体的な映像となってテレビに流れ始めた。それを見ながら2chで得たテキスト情報が、そのまま真実であったことを確認する。

3月14日 午前 晴れ
 新聞をガムテープで継ぎ接ぎして作った簡易毛布にくるまりながら、仕事場に数泊。そして14日、月曜日の午前(被災地ではこの頃から曜日の感覚があやふやになってくる。)、ふいに「元大学の先生」が仕事場を訪れた。この先生は、爺さんのプロジェクト仲間である。

 元大学の先生曰く

 「爺さんから、田鴨さんにと、海産物を預かってます。」

 「・・・! いつ?」
 
 「11日に爺さんの加工場でプロジェクトの打ち合わせしてまして、預かったのはその後。」
 「それで爺さんの加工場を後にしてから、すぐに地震になったんですよ。」

 「爺さんは、地震後も加工場にいたままだったんですか?」

 「たぶん・・・」

 元先生が不安げに答えた。しばし沈黙の後、次の質問を続ける。

 「その後、爺さんとは連絡が取れてます?」
 「携帯が不通知のままで・・・」

 正直、駄目だと思った。
 爺さんの形見の海産物だと思ったが、海産物は鮮度が命だ。それを料理するだけの暇がとれない。残念だが、海産物は先生の近所に配ってもらうことにした。


3月21日 11:10 曇り
 久々に休みを取り、グーグルの安否確認システムで何人かの知人の安否を調べる。その後、ガソリン状況や食料品販売状況を探るため、街をうろついた。
 平時は車で移動するが、ガソリン払底の折り、歩きの移動である。それにしても治安が怪しげになっているので、不審人物に間違われないよう意識して胸を張り、歩いた。

 そんな時、携帯に着信あった。
 
 「オッ!」

 思わず声を上げると、すれ違った母子が不審そうにこっちを振り向いた。
 ポケットから取り出した携帯には「石巻の爺さん、竹チップ」と表示されていた。
 
 「ご無事だったようで!」

 「ご無事でしたよ~」

 間違いなく爺さんの声だ、久々にゲラゲラ笑った。
 向こうもゲラゲラ笑っている。

 「すっかり流された~加工場も無いよ。」

 「な~に、ゼロになっても、命があれば次に進めますよ。」

 「竹チップやるしかないね。頼むよ、田鴨さん。」

 そんな短い会話を交わし、ゲラゲラ笑って、電話を切った。

 今回の震災で犠牲者、行方不明者は数知れない。本当に悔やまれることである。しかし、命に別状が無くとも、生活の拠点を失い、他県に避難せざる得ない人も多くなるはずた。

 せめて一人でも多く、宮城で生活の糧が得られるように力になれたらと願った。


 

震災の安否報告 

 このたびの東北地方太平洋沖地震により被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。

 そしてまた、被災地の救援対応をいただいている各国、各県の支援機関、様々な方々に対し、感謝申し上げます。

 本ブログ関係農家の被害状況ですが、家屋等にある程度の被害を生じているところがありますが、幸いにして皆元気にやっております。しかしながら、県内沿岸部では、甚大な被害が生じております。 当面の課題は、ガソリンの確保であり、被災地では自動車での運搬・連絡が、まさにライフラインとなります。このため、被災地に少しでも多くのガソリンが届くように、僭越とはなりますが、本ネットワークから皆様にご協力をお願い申し上げます。

 本ブログ著者の所在地(宮城県大和町)では、3月17日頃までに、電気、水道、固定電話が復旧、その間、臨時業務を対応して、昨日からようやく、ブログを更新できる体制となりました。

関係者の安否情報を報告すれば。

 宮城県色麻町 ライスフィールド
 宮城県栗原市志波姫 田力本願の米
 宮城県石巻市北村 人と自然の仲立ち米
 宮城県石巻市和渕 田でん田んぼのお米
 宮城県仙台市秋保 熊っこ農園
 宮城県仙台市愛子 のびっこ倶楽部

上記、農家等、いずれも無事です。


 とは言え、岩手県から宮城県、福島県の沿岸部では甚大な被害が生じているのは、報道されているとおりです。
このため、私としても、いくつかの現地支援ネットワークに協力することで、幾ばくかでも沿岸部の復興の力になれたらと考えています。

 

地球交響曲第七番とお酒 

 こんにちは、田鴨です。

 突然ですが・・・

 いろいろ縁あって、「地球交響曲」という映画の自主上映会にかかる実行委員をやっておりますので、この映画について、ちょっとだけ紹介させていただきます。

 思い起こせばここ数年、いや十年近くなりますが「ふゆみずたんぼ」や「持続可能森林資源『薪』」について、いろいろ研究してきました。

 これらは、いずれも、自然の営みが人の暮らしと密接に関わっていることを考察する歩みだったと思うのですか、たぶん、こういった関係を映像として記録したのが、映画「地球交響曲」なのだと思います。

 この映画の詳細は、こちらをを参考されたし。

 ちなみに、こちらは今回、宮城県の栗原市若柳で自主上映を行う実行委員会のブログです。

 私も、この授上映会の実行委員会の末席に加わっており、先日も、若柳方面にPRの協力に行って来ました。

 このPRにこじつけて、久方ぶりに出会ったお方もおり、これもまた「地球交響曲」の縁あってのことだと感じております。
 ちなみに、この久方ぶりにお会いしたお方からは、未だ果たされていない数年前の約束を「俺は忘れてないぞ」と思い出せていただき、そういえばそういうこともあったなと、妙に感慨深くなりましたが、感心ばかりもしていられず、そぞろ、やるべき事がまた一つ増えてしまいました。(発掘されたと言うべきか。)

 とりあえず、上映日程を紹介すると、下記の如く。

日時:平成23年3月19日(土) 13:30~
場所:宮城県栗原市若柳ドリームパル前売券:2000円(ライスフィールドでも発売しています。)

当日は、下記のお酒も販売します。(限定販売です。)




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ということで、地球交響曲第七番をよろしくです。

当日は、この映画の監督の龍村仁さんと出演者の高野原孝子さんの後援会も予定しております。
 
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