スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
カテゴリ : スポンサー広告
--------(--)

みちのく、謎の中世と平泉(宮城県地名研究会記念講演)、そして今東光 


 ライスフィールドもお世話になっている知り合いの地名の生先が主催するイベント情報の紹介です。



liveinfo20121123chinei_20121014072155.gif




 昨年、東北地方で始めて世界遺産世界遺産に登録され、観光客も増加するなど、最近は観光地的視点で捉えられることが多い平泉ですが、この平泉遺跡郡には「みちのく魂」が詰まった歴史がありまして、個人的にはみちのくに威光を放った蝦夷勢力最後の輝きが、この平泉に象徴されるように感じております。

 この東北人にとって誇るべき遺産「平泉」、少しばかりその歴史を振り返ってみますと・・・

 奈良時代、朝鮮半島から後退した大和政権は次に陸奥北伐を開始し、多賀城に「蝦夷総督府」を開府する。
 しかし租庸調の納税義務に馴染まぬ蝦夷の民は、度重なる差別発言と相まって、ついにキレてしまった!

 炎の反乱者、伊治呰麻呂(現:栗原市が拠点)は多賀城を焼き討ちし、大和政権を恐怖のどん底に陥れる。そしてアテルイ(現:奥州市が拠点)は北上川で大和征伐軍を撃破するも、最終的に坂上田村麻呂に敗れたのであった。

 とは言え、今度は、奴隷王朝よろしく蝦夷の流れを汲む安倍一派がみちのくを席巻し、前九年後三年の役の逸話は、現在でも東北各地で語り継がれております。

 この頃、蝦夷の地では日本刀の原型とも言われる蕨手刀が鋳造されており、武闘派としてみちのく蝦夷はその名を轟かせるわけですが、武力の次に、今度は馬やゴールドに象徴される経済力を蓄積し始め、ついに奥州藤原氏による平泉文化を華開かせるのでありました。



warabiteyoukitakami20100505_20121014100457.jpg

蕨手刀




 この平泉の栄華は藤原三代まで続いたものの、結局のところ源頼朝にナンクセを付けられ、滅ぼされるのはご存じのとおり。そしてみちのく各地は関東武士団に割譲されてしまい、ここで東北の歴史は一度リセットされてしまうわけです。
 ゆえに、この頃の東北の歴史は闇に包まれてしまい、わかり難い。ちなみに、以前、ブログで紹介した朝比奈三郎も、この関東武士団の一人です。

さて、この闇に包まれたみちのくの中世、どこまで明らかになってきたか?
 
 ここがまさに、今回の紹介する講演会の「聴きどころ」になるわけです。

 さて、時代は下り、江戸時代になると松尾芭蕉が平泉を訪れ「夏草や兵どもが夢の跡」と詠いました。かつて栄華を誇った平泉中尊寺の、落日の姿が良く伝えられています。

 それでも昭和に入り、中尊寺の貫主となった小説家の今東光により、中尊寺は大修理を行い、平泉の輝き現在に伝えることができました。

 今東光もまた、蝦夷の英雄列伝に連なる人物だったのかもしれません。




            
レストラン「ライスフィールド」 
            



ライスフィールド トピックに戻る


スポンサーサイト
 

これからの東北アイヌ語地名の研究について 


 本日、地元のローカル新聞を見ていたら知り合いの地名の生先が主催するイベントの情報を発見・・・
 とりあえず、先生に電話してみた。

「もしもし、ご無沙汰しております。」

先日はどうも

「いきなりで失礼しますが新聞見ました。それで参加費1万五千円はちと割高かと?」

「あ~あれね、新聞が詳しく書いてくれなくて・・・」
「現地ガイド料や宿泊費、資料代含めてその金額なの。1泊2日のコース。」
「当日の参加だけなら3千円。田鴨さんもどう?」

「・・・」

 そうかと思い、ここで新聞に書ききれなかった先生のイベントをブログで紹介します。



 これからの東北のアイヌ語地名の研究について 


日時:平成23年11月5日(土)午前10:30~6日(日)午後3:30
主催:東北アイヌ後地名研究会
日程
11月5日(土)

10:30       古川駅集合

10:30~16:30 探訪会 加美郡(城生柵菜切谷廃寺・矢越)・栗原郡(間海・颯壁 )を探訪

18:00~20:00 交流会 加美町 農家民宿「花袋・天王」


11月6日(日)加美町 中新田交流センター

8:30       受付

9:00~11:00 村崎アイヌ語塾(村崎恭子 先生
「第9課 WAHKA KU=KUU RUSUY 水が飲みたい」

11:00~12:00 研究発表 「気仙川水系矢作川流域のアイヌ語地名をさぐる~東日本大震災の鎮魂と復興を願って」
 小 林 紘 一 氏
誌上発表 「アイヌ語地名調べ歩きノート」
 菅 原 進 氏

13:00~13:20 基調講演 「加美町周辺のアイヌ語地名など」
笠 原 剛 氏

13:30~14:30 基調講演 「古代黒川以北十郡の状況について」
太 宰 幸 子 氏

14:30~15:30 ディスカッション
「これからの東北のアイヌ語地名の研究について」


会費:探訪費  2,000円
   宿泊費 10,000円(交流会・朝食代含む)
       ※(交流会のみの場合は 6,500円)
   資料代  3,000円
申込締切:平成23年10月23日(日)
申込先:太宰幸子(電話 0229-56-9458)
     土肥 稔(電話 080-2817-2588)



 6日のアイヌ語塾の村崎先生は樺太アイヌ語の権威で、なるほどインターネットで検索すれば、すごい実績がいくつも出てくる。
 
 アイヌ語、しかも樺太アイヌの話など、なかなか聞く機会は無い。しかし各種アイヌ語地名研究本に目を通せば、樺太と東北のアイヌ語地名には類似点が多い、との指摘にしはしば出会うのである。
 そのため東北のアイヌ語地名を考えるためには、樺太アイヌについてもある程度は知っておく必要があり、今回の樺太アイヌの話は貴重な機会となる。

 樺太アイヌについて『日本地理風俗体系 第十四巻 北海道・樺太編』(S5.2.21(株)新光社 発行)から少しだけ紹介してみる。


PA170007.jpg


 樺太の富内湖付近の地図、富内(とーない?)、遠淵(とーぶち)、善美内(ぜんびない?)、恩洞(おんとー?)など、ほぼアイヌ語と断定できる地名が散見される。しかも、北海道よりも内(沢)地名が多いのが樺太アイヌ地名の特徴で、これは東北アイヌ語地名とも類似する。


PA170010.jpg


 こちらは樺太アイヌの犬ぞり。樺太にはアイヌ以外にニブフ(ギリヤーク)、ウィルタ(オロッコ)などの民族も土着していた。このうち、ウィルタは鹿ぞりを使い、ニブフとアイヌは犬ぞりを使っていたが、時代を経る毎にニブフは鹿ぞりに移行し、昭和初期の頃になると、もっぱらアイヌだけが犬ぞりを使っていたという。



PA170012.jpg


 こちらは樺太アイヌのご婦人で、衣服は海豹(アザラシ)の皮で作られています。




 東北のアイヌ語地名に興味を持って数年たちました。

 田舎道で道路看板を見かければ、周囲の地形と比較しながらハンドルを握る。こんな感じでドライブしながら地元のアイヌ語地名について、いろいろと想像をふくらませるわけですが、そのような思いについて、この機会にいろいろ話し合ってみようかと思います。



            
レストラン「ライスフィールド」 
            



ライスフィールド トピックに戻る


 

みやぎ地名の旅 

 こんにちは、田鴨です。

 ライスフィールドにもたまに来る太宰さんが出版しました。

 タイトルは「みやぎ地名の旅」河北新報出版センターから発刊です。



P4300001.jpg




 著者の太宰さんは、このブログでも同人誌を紹介したことのある宮城県地名研究会の会長です。

 また、災害に由来する地名をピックアップした「災害・崩壊地名」のタイトルの本も自費出版しています。

 今回、紹介する「みやぎ地名の旅」はこういった地名研究成果の集大成版です。



P4300004.jpg




内容は

 ・地形を表す地名
 ・金属地名
 ・災害・崩壊地名
 ・地質を表す地名
 ・アイヌ語で解ける地名
 ・職業に関する地名
 ・信仰などに関する地名
 ・人名に由来する地名
 ・合成の地名
 ・行政に関する地名
 ・暮らしに由来する地名

 私が地名に興味を持ったのは、文献に現れることが希な、蝦夷の歴史や暮らしを知りたかったからです。 蝦夷は文字にして自らの記録を遺しませんでしたからね。

 大和政権が編纂した「続・日本紀」に蝦夷は登場してくるものの、その姿はどうしても敵対異民族的に向けた視点で記録されがちで、蝦夷にはもっと違う歴史や暮らしがあったように思うのです。それを知るための手段は限られますが、その一つに地名があるわけで、宮城県以北の地名には、アイヌ語と同型の地名が数多く残されています。

 例えば、そのようなアイヌ語地名の多くは、川や沼など水辺に関わる地名が多いのですが、このことは蝦夷の生活が水辺と密接に関わっていたことを意味しています。
 また、食用植物に関わるアイヌ語地名も散見され、当時の蝦夷が山菜をどのように料理していたかも気になります。

 このように蝦夷の暮らしに興味を持つのは東北の「地産地消」、「身土不二」を追求するためでありまして、これは長い旅になるでしょう。



            

本ブログで紹介した書籍は
「ライスフィールド・ライブラリー」でも販売しています。
一読されたい方は気軽にお声がけください。

            



ライスフィールド トピックに戻る



 

音無の地名の由来「宮城県中部のナイ地名」 


 音無の地名の由来「宮城県のアイヌ語地名の分布」から

 前回記事では、宮城県中部地域にもアイヌ語らしき地名があると記した。このアイヌ語地名について、特に「ナイ」地名にしぼり紹介してみる。

「案内(アンナイ)」(仙台市)
 山田秀三氏は、こうも考えられるかなと注釈を付けた上で(分水嶺と)反対側の沢と解いた。

「不来内(コズナイ)」(大郷町)
 山田秀三氏は、「ナイ」とはつくものの、アイヌ語で解する勇気無しとしている。

「品井沼(シナイ)」(大郷町)
 そのままアイヌ語で本流の沢と読める。実際に品井沼は、この付近の川が集まる本流だから、地形的にも整合が図れるため、まさにアイヌ語と判断できそうたが、一つ疑問が出てくる。それは、ナイ(沢)とするには、この川は大きすぎないかということだ。
 品井沼とは、かつて松島町、大郷町、大崎市鹿島にまたがりあった広々とした沼のことである。それゆえ、品井をアイヌ語とするなら、そもそも、この広い地域のどこが品井の地名の発祥であったか比定し、その地形とアイヌ語の意味の整合を図る必要がある。
 これについても、山田秀三は研究しており、品井沼に注ぐ支流である鶴田川の上流に「志内田」という地名を見つけている。場所は大崎市三本木で、本ブログで話題にする音無と分水嶺を挟んで、その反対側にある。この志内田が、品井沼の名前の由来であろうとし、アイヌ語地名としている。

「仙台(せんだい)」(仙台市)
 仙台の地名の由来はいくつかある。その中の一つに、仙台市内の青葉山の下にある「川内(かわうち)」に由来とする説がある。「かわうち」と「せんだい」とでは全然似てないが、元々「川内(かわうち)」は「川内(せんだい)」と読んだとする説だ。確かに、鹿児島には川内と書いて「せんだい」と読む地名がある。
 この説がさらに発展して川内の「内」を「ナイ」として「せんない」と読み、さらにアイヌ語のセプナイ(広くなる川)にかけたのが、仙台のアイヌ語由来説である。しかも、この川内は広瀬川の川縁にある。広瀬川の「広」とアイヌ語のセプ「広くない」は共通するから、なお補強されるとの考だ。
 なかなかおもしろい説だが、それにしても、ずいぶんと遠回りな解釈だ。本当にアイヌ語由来なのかどうかは検証が難しいのではないか?

「志戸内(しとうち)」(松島町)
「ウチ」を「ナイ」と読んでみて、「シトナイ」であればアイヌ語にならないかとの説がある。確かに、そのように読めば「山際の沢」の意味で、まさにアイヌ語として意味が通じる。実際、現地の地形もこの意味と整合が図れるし、「シト(山際)」と付くアイヌ語地名は他にも多い。本ブログでも大崎市鳴子温泉の「尿前(シトマイ)」を紹介している。
 とは言っても、実際に「志戸内」は「シトナイ」と呼ばれいた事実があったかどうかの検証は必要であろう。


 さて、ここまで書いて、そろそろ気づかれた方もいるかとは思うが、「音無(オトナシ)」これを「オン・ナイ」若しくは「オト・ナイ」と読んでみたらどうなるか?アイヌ語として意味が通じるのではないか?これを検証するのが、「音無の地名由来」シリーズの核心となる。



PC300010.jpg

大崎市三本木「音無」の風景、この奥に湯殿山神社がある。



[トピック]岩手県のナイ地名について

 岩手県には「ナイ」地名が豊富である。これは宮城県に比べれば、遅くまで蝦夷の勢力が強かったことに加え、地形的に「沢(ナイ)」が多いからであろう。
 青森県は岩手県よりもさらに遅い時代まで蝦夷の勢力が強かったはずだが、津軽地方には、不思議とナイ地名が少ない。このことを山田秀三は指摘しているが、もしかしらた、この地形的特徴が関係しているのではないか?これは興味深い事実で、このような不思議な関係は北海道にもある。

 いずれにしても、岩手県には「ナイ」地名が豊富にあり、宮城県の隣県でもあるので、宮城県のアイヌ語地名を考察する際には岩手の地名を参考とすることが多い。

 『岩手のアイヌ語地名 (H9.1.2 岩手日報社発行/小島俊一 著)』では、岩手県を中心としながら、東北六県のアイヌ語地名について研究している。その研究手法もアイヌ語の語呂合わせのような危うい手法は避け、また北海道に類似地名との比較や地形適検証を行うなど堅実であり、山田秀三の手法を良く引き継いでいる。

 アイヌ語地名解釈は我田引水的なものが横行することが多いが、そのような怪しげな解釈を排した本書は、東北のアイヌ語地名研究書の代表と言って良いであろう。
 

音無の地名の由来「宮城県のアイヌ語地名の分布」 

音無の地名の由来「音無周辺の古墳と38度線」から

 前回記事で延べたように、北緯38度線から39度線にかけ、東北地方には歴史的分断ラインがあった。このことは地名からも実証できる。先に紹介した「山畑古墳群」のすぐ東側に混内(コンナイ)山がある。現在は、新興住宅地となっているが、このコンナイという地名はアイヌ語地名の特徴を持つ。地名の後ろ側の「ナイ」がそれだ。
 「ナイ」とはアイヌ語で川、若しくは「小川」という意味である。もう少し狭義には「沢」といった意味に近いかもしれない。

 アイヌ語地名の研究で名高い山田秀三氏は『アイヌ語地名の研究3』で、文法的な疑問を抱きつつも、このコンナイを楢(なら)沢若しくはドングリ沢と解いた。
 このような「ナイ地名」は、青森、岩手、秋田県に多い。宮城県にもあるが、明らかにアイヌ語由来と判断されるのは、宮城県北部に限られる。
 宮城県でも中部に至れば混内と同様、確かに「ナイ」とはつくものの、アイヌかどうか判断が難しい地名になってくる。
 これが宮城県南部まで至れば「ナイ」地名そのものがほとんど見られない。このような宮城県のアイヌ語地名分布について地形的区分、蝦夷の歴史的地域区分に当てはめれば、以下のようになる。

宮城県北部=(39度線)岩手県境~江合川
(蝦夷)奈良時代は蝦夷の勢力が強い
(地名)現在でも比較的多くアイヌ語地名が見られる。
(地形)北上川流域であり、川の本流は北から南に流れる。

宮城県中部=江合川~仙台
(蝦夷)奈良時代の初期、あまり抵抗なく大和に下った地域である。
(地名)アイヌ語らしき地名はある程度はあるが、はっきりとアイヌ語と解されるものは希である。
(地形)北上川と阿武隈川に挟まれ、名取川、七北田川、吉田川、鳴瀬川などが西から東に流れる。
※大崎市三本木の「音無」もこの区域に含まれる。

宮城南部=仙台~福島県境(38度線)
(蝦夷)宮城県中北部に比べれば、かなり早い時代から大和文化圏に属している。
(地名)アイヌ語地名はもとよりアイヌ語らしき地名さえ少ない。
(地形)阿武隈川流域であり、川の本流は南から北に流れる。

となる。



0oto1.jpg

東北自動車道三本木スマートIC出口付近から眺めた混内付近





[トピック] コンナイとドングリについて

 山田秀三はコンナイを楢(ナラ=コムニ)の沢(ナイ)とするには、本来であればコムニ・ナイという地名になるはずなのだがと、少しばかりこの解に躊躇している。このため、楢を表すアイヌ語「コムニ」をさらに分解して「コム・ニ=ドングリの・木」とし、コンナイとはドングリ沢(コム・ナイ)であったかもしれないとも記している。

 縄文人もアイヌ人も貴重な食料としてドングリを食していた。東北地方の山間部でも、昭和初期頃までドングリ食が残っていた。これについて記した記録があるので以下引用してみる。

 二十四日 ひえ一合、麦五合、こんぶり粉二合
  (中略)
 二十六日 ひえ七合、麦五合、ならの木の実一升
 二十八日 ひえ七合、ならの木の実一升

 この一週間、この家では米を一粒も食べていない。


出典)『岩手謎十話~史書の余白から~(上巻)S53.8.10 読売新聞社盛岡支局発行』第二話「お米哀話」の章、県立農業博物館(岩手県滝沢村)に展示されていた「山村食料日記」から。

 この本では、東北地方でドングリの総称を「シダミ」と呼んできたと記している。そう言えば、岩手や青森には「豆シトギ」という餅状のお菓子がある。大豆を素材とする甘味としては宮城・山形の「ずんだ」よりも洗練されているとの評価もあるが、この「シトギ」は「シダミ」と語感が似ているが何か関連があるのだろうか?

 アイヌ料理にも「シトギ」という餅料理があるが、こちらは、大和語の借用と言われている。



 音無の地名の由来「宮城県中部のナイ地名」に続く






 
弊ブログおすすめ
本ブログ登場の方々がお届けします

 農薬を使わないお米、肥料を使わないお米を宮城県から全国に発送します。

B_kumattkofarm.gif

仙台市秋保から無農薬野菜をお届けします。

【2012年産の新米 出荷開始】

B_fureaiS.gif

 いにしえの品種、その野性味が自然栽培でよみがえります。
宮城県色麻町から

【2012年産の新米 出荷開始】

B_bamboo_20120319235249.gif

 自然栽培のササニシキを天日干しにしてみました!おてんとの味わいをお楽しみください。
宮城県色麻町から

【2012年産の新米 出荷開始】

B_woodartbag.gif

 でんでんむしむしカタツムリ、自然栽培の六次産業を目指します!
宮城県石巻市和渕から

プロフィール

2010tariki

Author:2010tariki
【問い合わせ先】

メールは以下の
「A+B+@+C」
になります。
A=tarikino
B=tunagari
C=infoseek.jp

検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。